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  ■日本革命に向けたわが同盟の当面する総路線

                                  2004年・統合大会において決議

                                    (『戦旗』第1219号、第1220号、1221号掲載)




 二一世紀の初頭、いよいよわれわれは共産主義者同盟の再建の事業を大きく進め、ここを拠点として新しい綱領―戦術―組織のもと、プロレタリア日本革命を目指す新たな実践に踏み出そうとしている。われわれは綱領的立場―綱領的諸内容をまず確認し、そして次に革命的労働者党組織論の内容、さらにプロレタリア日本革命の綱領および戦術の諸内容を確認してきたのである。確認されたこれらの立場と諸内容は、必ずや新しい二一世紀の日本の革命的労働者党の基礎となるであろうし、また日本革命運動の新しい展開と発展をもたらすであろうことは間違いない。以上に踏まえつつここでは再建されるべき日本における革命的労働者党、すなわちわがブントの日本における当面する革命路線の内容について明らかにしていきたい。革命党は路線貫徹によって自らの存在意義を確実にする。長期にわたると思われる「この路線」を、原則的に基本・基軸をしっかり守ってわれわれは実現していかなければならない。

●一章   当面する革命路線の基本軸

いうまでもなく労働者階級の解放、プロレタリア解放は労働者階級自身の事業であり、また現実的にも労働者階級の具体的な活動によってのみ実現されていくものである。プロレタリアの階級への形成―ブルジョア支配の転覆―プロレタリア権力の樹立とは労働者階級の現実的な力によって実現されるのである。しかしその運動は、マルクスが規定するようにプロレタリア運動の内部に存在する革命的労働者党、すなわち理論的・実践的により意識的で積極的な優れた共産主義者(集団)の活動があってはじめて最も良く実現されていく。共産主義者―革命的労働者党の活動の意義を決して低めてはならない。歴史の教訓はこの党の役割の重要性をはっきりと示している。パリ・コミューン、ロシア・ソビエト革命、あるいはドイツ・レーテ運動、イタリア・評議会運動などにおける運動の成功と挫折、勝利と敗北は革命的労働者党の内容と活動がいかに重要であるかを示している。

ところで、われわれの党は、当面する革命路線において現実の労働者大衆と結合し、この革命路線の積極的展開・大規模な展開を通して、初めて労働者大衆の解放運動を最も良く推進し発展させることができるのである。路線、その中でも「当面する路線」とは革命党と労働者階級が結合する結節環なのである。この路線なくして労働者党・革命党は現実的な労働者大衆とは決して結び付くことはできない。いうまでもなく当面する革命路線に結実化しない綱領や組織は、たんなる「抽象」でしかない。戦略一般においてすらそうなのである。こういった状態では党は現実の労働者と真の交通を獲得することはできない。革命党が、もしこの路線を軽視したり、どうでも良いものにしたりするのであるならば、そこには現実の階級闘争と切り離された無力な神秘的なサークル集団や、党の立場を人民に啓蒙するだけの集団が必ず発生する。路線実現の活動がない場合、党は神秘的サークル・啓蒙集団に陥ってしまうのは明らかなのである。また組織を自己目的化する排外主義を持つならば、そこには宗派的な腐敗が必ず生み出される。そして権力規定や革命の性格などの戦略的領域が路線に一面的に持ち込まれるならば、それは旧ブントが陥ったように左翼空論的傾向を助長させることになるのは明らかなのである。われわれはこの革命路線の確立(正しい内容による確立)を重視し、労働者党によるこの路線の実現のために全力で活動していかなければならない。

▼「当面する総路線」の重要な確認点

◆1 戦後階級闘争構造の変化に対応し、新たな階級闘争の構造を創出していくこと

すでに確認してきたように九〇年を前後して、戦後の階級闘争の構造は大きく変化した。われわれ再建されるブントはこの情勢変化、階級関係の変化、構造変化に対応し、有効な一つの路線(総路線)を確立し、新たなたたかい方を確立し、もって階級再編、新たな階級構造を創出していかなければならない。

情勢変化の中心はソ連スターリン主義圏の崩壊と日本における社会党―総評の解体・再編である。詳しくは述べないとしても、少なくともソ連圏の存在(中国をも含めて)は、労働者国家が「群」として存在し、帝国主義の運動や労働者人民の運動を大きく規定していたと評価できる。しかしこの崩壊が、国際共産主義運動、世界的な労働者人民の解放闘争、とくに民族解放運動に大きな打撃を与えた。また社会党―総評の存在は少なくとも、労働者人民の平和擁護運動や生活と権利を守る労働運動などを社会的「正義」として押し出し、社会を規定していたと評価できるのである。この運動の崩壊はこの基本的な「平和」や「権利」などの価値観を解体させることになった。総じて「戦後民主主義的」諸運動、諸イデオロギーはその存在基盤を大きく後退させることになったのである。

わがブントそして新左翼は戦後の「社会主義圏」の存在、社会党―総評の存在を前提とし、これを左から批判し革命を目指そうとするものであったと客観的に言わざるをえない。すなわち、まず世界的には帝国主義とスターリン主義による世界の分割と、スターリン主義の帝国主義への屈服、階級闘争・革命運動の破壊に対して、この戦後世界体制を打破していくことを目指し運動を形成していたのである。ブントの場合はあくまでも帝国主義の打倒を目指して、またこの任務に敵対する部分としてのスターリン主義の打倒を掲げて活動した。世界的な戦後の階級闘争の構造は、中国、朝鮮、ユーゴ、キューバ、ベトナムにおける民族解放闘争の勝利をもたらしたが、これは確かにソ連スターリン主義の制動を打ち破って実現されたものではあるが、同時に「社会主義圏」の存在が大きな位置を持っていたのも確かであった。ブント―新左翼は、第三世界―植民地諸国における民族解放闘争を先頭とし、これに全世界の青年学生、労働者が連帯しプロレタリア革命を目指そうとしたのであり、このような階級闘争の構造にあった。もちろん帝国主義国における学生・青年の反乱や労働者階級のゼネスト・山猫ストも既成の体制を打破する重要なたたかいとしてあり、このエネルギーを革命に向けて発展させていこうとするものでもあった。

また日本の国内的には、この階級闘争の構造的行き詰まり、構造的転換がより鮮明に現われた。自民党―社会党による議会内取引、独占資本(経団連など)―総評による賃上げと合理化のバーター、そしてこれを下支えする日共スターリン主義党、いわゆる五五年体制といわれた政治社会体制が作られていた。ブント―新左翼は社会党・共産党の既成指導部、総評・民同の政府―資本への屈服・裏切りに対して、これを左から批判し反戦闘争・反合闘争を組織したのである。とくにこの中で反戦闘争を反政府闘争に発展させるために社共の潮流に代わる第三の潮流(全学連―反戦青年委、八派共闘)を建設し、プロレタリア革命を目指す運動を展開した。階級実態的には社共に代わり実力闘争、国際主義の闘争を担う学生―全学連と、これに結び付く一部の青年労働者というものであった。その後学生運動の後退とも連関し、戦後体制の中で切り捨てられ階級矛盾を集中させられてきた沖縄人民や部落民、障害者などの被抑圧人民、また三里塚農民などが自己解放闘争に立ち上がり、この運動が社共の枠を越えた実力闘争的展開を開始するや、ブント―新左翼はこの解放運動と結び付いてプロレタリア革命を目指したのであった。労働者はこれらの被抑圧人民と連帯し結合し解放闘争を担った。しかしここにおける階級闘争の構造は、社会党―総評の平和運動や組合運動が一定の基盤を形成し、これらの諸運動が「安保反対」「戦争反対」また「賃上げ」や「組合的団結」を作り出していることを前提としたものであった。確かに社会党―総評の内容は革命運動の発展の観点から見れば、大きな問題(限界と裏切り)をはらんだものとしてあったとは言え、しかし労働者大衆の直接の要求を反映していたことも事実であった。この基盤を前提にして初めて、ブント―新左翼の反戦闘争・反差別のたたかいが成立していたのは否定できない。このような階級闘争の構造にあったということなのである。全学連運動や被抑圧人民の自己解放運動もかかる構造の内に存在していたのは間違いないのである。

こうした戦後階級闘争の問題性、新左翼運動の歴史的限界に対して、われわれはそれぞれ異なる道を歩みながらその克服を問題にしてきた。しかし事態はわれわれの努力や苦闘をはるかに越えて進行した。一九八〇年代から九〇年代にかけての社会党―総評の崩壊によって左翼の基盤は一挙に狭くなった。新左翼の旧来の運動、あるいは学生運動・被抑圧人民の運動は大きな困難に直面した。九〇年代以降、革命党は、旧来の社会党―総評を前提にし、またこれらに依存した左翼反対派的なたたかい方を根本から変革し、階級闘争の構造の変化に対応した新たなたたかい方を構築していくことを求められた。このような時代にブント―新左翼はいま直面している。

そこで重要なことは、革命的労働者党は社共に代わって(社民党は崩壊の一途をたどっており、共産党は綱領的反動化を強めつつ暫減の傾向にある)帝国主義―資本とたたかう一個の独自の体系を作り出していかなければならないということである。とくに社会党―総評が曲がりなりにも実現していた労働者階級の内部における「民主主義的要求」―直接の要求を労働者党は一個のたたかいの領域として明確化しつつ、反帝闘争・権力闘争・階級形成の主体的構造を確立していくことが核心点になっているということだ。旧来の階級構造の中でブントが追求した政治闘争―反戦闘争、自国帝国主義打倒の立場、プロレタリア国際主義、実力闘争、民族解放運動への連帯、被抑圧人民の自己解放運動への連帯、あるいは労働運動・学生運動などの諸内容・実践を継承しつつ、これを新しい階級構造の中で新しい路線の下に再編し、体系化し、構造化していくことである。@新しい共産主義運動の建設、A階級的労働運動の建設、B反戦闘争―政治闘争の推進、Cアジア人民と連帯する運動の構築、D被抑圧人民の解放運動、反帝の拠点堅持のたたかい―これらの諸任務は独自の党の体系によって位置付けられ推進されていく。この体系―総路線の推進によって、新たな階級闘争の構造をわれわれは生み出していくのである。

◆2 新たな路線の定式化、その核心点とブントの実践、両派の実践の総括・方針

新たなブントの路線は、たんに情勢の変化や階級情勢の変化に則して情勢に有効に対応するという側面からのみ確定されるのではない。また旧来のブント―新左翼の運動が客観的に階級闘争―階級構造に占めた位置の分析から一般的に導き出されるものではない。そこでは新左翼が作り出した基本構造一般がこうであったという解釈と同時に、ブントがそこで生み出してきた路線・活動の実践的中身が基本的に総括され、新路線を確定する主体的根拠とされるのでなくてはならない。また二次ブントが実現した闘争とその基盤・広がりのレベルで総括されるべきものであり、われわれは新しい次元において二次ブントの基盤・広がりを復活させることを目標にしていかなくてはならない。

ブントの六〇〜七〇年代の基本路線―たたかい方は、一方で全学連運動を政治闘争の独自部隊としつつ、戦術のエスカレートなどを通して、反政府闘争を激化させ、他方でこの政治闘争――突出による政治過程の流動化――を活用し、もって総評内部の青年労働者をこの運動に結合させて階級形成していこうとするものであった。二次ブントの反戦青年委員会運動の形成はこの典型であった。ブントは党派として「層としての学生運動」「先駆性論」を掲げ、学生運動を重視し、この起爆力で労働者人民を広く政治過程に登場させ階級形成していこうとした。ここで重要となるのは全学連―反戦青年委のたたかい方が社共の「護憲運動」などの平和運動を前提にし、かつ総評の賃上げ闘争などの組合運動を前提にしていたことである。この既成の運動の空洞化は、当然にも全学連運動の突出そのものを孤立化させ弱めることになった。全学連の突出とこれに結合する労働者の運動という構造は完全に行き詰まった。

ところでこの「全学連―反戦」の路線は、当然ブントの労働者階級の階級形成の基本的なスタイル―たたかい方そのものであった。ここでも大きな問題が起こった。二次ブントにあっては関西ブントに典型化された労働者の組織化の基本構造―基本スタイルは、電通・全逓などの官公労において「安保」や「ベトナム」を掲げて職場の青年労働者を獲得し反戦青年委を拡大していくというものであった。ブントの場合は総評内部の組合活動(賃上げ闘争、労働条件改善運動や平和運動など)に対して確かに職場生産点でこの要求運動にかかわったとはいえ、これは活動の基本として設定されたとは言えず、あくまでベトナム反戦など学生が作り出す政治への参加、社共―総評に代わる独自潮流形成が活動の基軸であったのである。このような階級形成の主体的構造にあった。もちろんブントにあっても六七年の七回大会以前において、総評内部で労研・社研を建設し、組合内の左翼反対派活動を積極的に位置付けていた時期もあった。電通の前田グループや東京のマル戦派である。しかしこの部分は、経済主義として同盟から追放されることになる。ブントはもともと職場生産点における組合活動を否定していたのではなく、ここにおける左翼反対派の形成を重視する部分も存在していたのである。もちろん労研・社研はたんなる経済的要求を掲げて、民同を「左」から突き上げる組織体であったわけではなく、政治闘争や社会主義の学習をも課題としていた。ところで付け加えれば、この職場活動―組合活動をその枠組みで担ったのが協会派であり、また革マルや解放派(後の青婦協路線)、あるいは第四インターはこの総評の枠組みに中での左傾化なりフラクション作りを志向していた。また中核派は六七年ごろから転換を開始する。ブントは経済闘争・組合運動を民同下の諸活動家・諸派にゆだね、これとは別の政治闘争の領域で勝負していたのである。これは明らかに総評の基盤と運動が一定の力を持つことを前提とし、これに踏まえた活動路線であった。しかしながらこの総評の基盤は、七〇年代後半のスト権ストや全逓の反マル生―物溜め闘争などにもかかわらず、八〇年代には民同の屈服を根拠にして空洞化していった。ブントの労働者組織化の路線は行き詰まっていった。

二次ブントの分裂によってブントの諸派はその力量・基盤を後退させ、一個の体系に基づいて路線を敷くことは困難となったが、全国委員会派、戦旗派はにもかかわらずブントの旧来のたたかい方、階級闘争構造を継続し、たたかってきたと言えるだろう。ブントの一部の部分は路線を清算したり、ブントそのものを清算したりして、ブントの党建設から脱落していった。両派はあくまでブントの党派性を堅持してきたのである。学生運動の後退に代わって、七〇年代以降、沖縄人民や部落民などの被抑圧人民の解放闘争が発展し、帝国主義と鋭く対決していく階級情勢を迎えていった。三里塚闘争も永続化していたし、ベトナム人民の解放闘争も永続化していた。ブントの諸派はこれに結合し、政治闘争・権力闘争を目指したのである。全国委員会派にあってはブントの崩壊の根拠を党建設の弱さ、労働者階級に依拠する綱領内容の不徹底性・中途半端性として総括し、労働運動に本格的に取り組むと同時に、他方で国際主義の強化の観点から民族解放闘争への連帯―フィリピンの党、アジア地域の民族解放運動との結合を党派性にする路線を確定していった。また戦旗派は沖縄解放、部落解放、日韓、三里塚などのたたかう人民に連帯する思想綱領を血債の立場として確立し、労働者をここに結合させて階級形成しようとする路線を確立していった。しかしながらソ連の崩壊や総評の崩壊はたたかう主体、たたかう人民に大きな重圧を加えると同時に、労働者階級の内部における連帯活動―国際主義が当然として受け入れられる基盤を後退させた。労働者階級とりわけ民間労組運動、官公労内部にあっては「国際主義」と組合的経済的課題が乖離し、二段階の階級形成を提出することになったり、「戦線政治サークル」が普遍性を失い形骸化していくことになった。

戦後体制の中で存在した階級闘争の構造は客観的に変化したのであり、われわれ統一ブントは基本路線―主体的な階級実践においても過去のたたかい方を対象化しこれを越える地平に立たなければならないのであり、新たな階級闘争の構造を実現していかなければならないのである。

◆〈そこでこの変化と今後の主体的な路線の核心点となるべきものを整理する〉

1 七五年のベトナム革命戦争の勝利までのような国際階級闘争に規定された帝国主義国内の政治情勢は現在、措定できず、これらに規定された労働者階級・人民の階級形成を内実として作り出していかなければならない。

2 とりわけ日本の階級闘争にあっては、被抑圧人民の運動や三里塚などの戦線から階級再編を実現するのは困難であり、むしろ圧倒的多数者としてある労働者の労働運動・労働組合・労組拠点を確実に建設し、ここから階級再編を目指していくべきである。

3 また二一世紀の時代情勢の中では、革命党・労働者党であるわれわれブントは社共―総評、「労働者国家」の存在を前提とした政治闘争―実力闘争主導の一つの左翼反対派活動を過去のたたかい方として総括し、労働者階級を政治闘争・社会運動・経済闘争の全分野から階級形成していく一つの新たな総路線を確立していかなければならない。とりわけ過去においてブントが労働者の経済的要求の組織化や労働組合作りなどの領域を民同や協会派などにゆだねてきたことをとらえ返し、労働者階級の一からの階級形成、くり返しの階級形成の意義を明確にし、路線を実行しなければならない。

4 しかし労働者の組織化はたんに経済闘争を組織し労働組合をつくることの横への拡大からはもたらされないのであり、革命党・労働者党の権力闘争の体系、反帝闘争の体系の実現によってのみ可能なのである。すなわち階級的労働運動、反戦政治闘争、アジア人民との共同行動、被抑圧人民の解放闘争―拠点防衛の諸任務をスターリン主義や宗派主義を越える新しい共産主義運動の観点から結合し一個の体系として展開することである。この体系は主体面からいえば労働者階級の立体的・構造的な階級形成がアマルガムに統一されているものである。

5 より具体的にこの路線の内容を見るならば、そこではまず全国的・全人民的な帝国主義とのたたかい、かつ諸党派との党派闘争の推進の体系を持っていなくてはならない。まず階級的労働運動の構築に関しては、連合の労働運動支配を打ち破っていくために民間中小の全国潮流の形成を目指す。現在この再編は簡単には進まないが、他人依存的になってはいけない。主体的に拠点労組をわがブントが党派の力で着実に作っていくしかない。また政治闘争については、排外主義的日和見潮流と一線を画し、また一切の宗派の運動破壊に対抗し国際主義を貫く潮流・運動を現在の五派共闘を踏まえて前進させていく。またフィリピン―韓国の革命勢力と結合し、反帝の共同行動を作り上げていく。一切の一国主義・排外主義潮流との分岐を直接に明確にする。さらに被抑圧人民の解放運動―拠点防衛については、ブント―革命的左翼のたたかいの地平を防衛し次につなげる任務であり重要だ。これらを実態化して、日本帝国主義とたたかう全国的な運動に発展させること、実際の運動潮流の拡大を実現することだ。路線の貫徹である。

6 そしてとくに各地方における「地域を中軸となって担い規定する」路線の貫徹の構造を生み出していくことが重要である。諸任務がバラバラに遂行されたり、また労組作り・労組活動をそれとしてすすめるということのみにおいては、一個もトータルな階級形成の構造・スタイルをわれわれは作り出しえない。ある意味ではこの路線の全体が、小なりとはいえ体系的に結び付いたとき初めて大規模な運動の前進が可能となる。ある地方委員会において現在実現されているような構造を全国各地に拡大していくことである。

この路線の実現の構造を示すならば、まず地域に拠点となる労働組合(合同労組)を建設(数百人規模)し、ここを拠点にして地域のAWC運動をはじめとした市民運動や学生運動、さらに解放同盟などの被抑圧人民の諸団体が結合し、一個の潮流を建設していくことである。また諸勢力に影響力を与え共闘することを考えるならば、それは階級闘争の構造作りであり、ヘゲモニー形成である。なによりも労組拠点から新たな帝国主義―資本とたたかう構造を主体的に生み出していくことだ。もちろん労組からの階級再編がまず進められるべきものであるとしても、市民運動、学生運動、被差別者の解放組織などはそれぞれの独自の役割を持っており、この共闘によってより立体的・構造的な普遍性を持ったたたかいが創出されると同時に、相乗効果的に運動を発展させることが可能となる。こうした主体的陣形・構造をたたかいとるならば大規模な階級形成は可能となり、確実にブントの地域全体への影響力・規定力は拡大する。つまり労組を拠点にして全人民がここに結合して運動を作るワンセット型のスタイルを確立することによって、新たな路線は最も良く実現される。地域の労働者階級・市民・学生・被抑圧人民をこの運動構造、ワンセット型のスタイルに巻き込み階級主体の建設を有効に進めるのである。

ところでこの労組拠点建設について留意しておかなければならないのは、もちろん労組(合同労組)の建設を路線の要として設定し推進するのだとしても、これは人の配置と労働相談―組合作りの活動だけというものではそもそも労組員すら確定的に蓄積されるとは限らず、むしろ党派が大胆に地域を規定付ける階級闘争の構造に労組員を巻き込み動員することによって組合自体の強化・拡大も可能になるということである。この仕事は基本的には中途半端な政治集団・政治サークルによっては決してできない。全人民のたたかいの路線・総路線・権力闘争の体系を持ち、これを不断に物質化しうる革命党・労働者党によってのみ可能であるということだ。われわれはブントとして体系に基づきダイナミックな活動を展開しよう。

また地区の拠点の構造を作り上げていくには、一方では党の諸任務が主体的に統一されていくことと同時に、他方では地域の他の政治勢力との政治的統一戦線を形成していくことも重要な要素となる。他潮流との反戦、国際主義、反リストラ、反合、反差別の課題を明確にした政治的共闘が、運動の蓄積を通して社会的な規定力を持って安定的に形成されていくことが重要である。もちろん民主党―連合潮流の尻尾にくっつくだけというのでは誤りだとしても、社民系や中間派右派系、日共系などあらゆる広範な勢力との統一戦線を形成し、運動の発展の構造とブントの規定力の拡大の構造を作り上げていかなければならない。

◆3 路線の推進にあたって、労働者階級との真の交通形態を確立していく観点の重要性について

われわれの路線は戦後体制の崩壊と再編に伴う旧来の階級闘争の構造からの脱却、一つの左翼反対派からの脱却を目指し、あくまで革命党・労働者党によるトータルな反帝国主義の体系を持とうとするものであり、またそこにおいてわれわれが労働者階級―労働組合をメインにした帝国主義に反撃していく新たな階級闘争の構造を全社会的に実現していこうとするものである以上、かなり長期のものになる可能性が高い。社共―総評と新左翼という戦後階級闘争の在り方に代わる新しい階級闘争構造を実現しようとするのであるならば、民主党―連合に依存していくのは論外としても、逆にたんに箱庭的な主体の陣形作りに終始するというものであってはならない。階級的・社会的な基盤と影響力をもった運動―プロレタリア革命運動が実現されねばならない。すなわち現在の路線においては、われわれ共産主義者・革命家には労働者階級・人民との交通形態を確立する能力、労働者人民を一から階級形成していく活動の力・能力を獲得していくことが、とくに重要なのである。

路線を実現していくに、それぞれの領域で労働者大衆・人民と接点を持ち、これを組織化してくことである。生きた現実の労働者人民の存在と活動に党としてしっかりと結び付き、これを革命運動の大流に押し上げていくことである。総路線というものもこの現場での党活動・組織活動の積み重ねによって初めて実現する。もちろんこの革命党と労働者人民との生きた交通形態確立の問題を「革命党の規律の維持」や「革命党の労働者内部での潮流の持続」という、いわゆる党の成立・存続の観点からその重要性を指摘することができる。しかしここではこの観点と同時に、労働者階級人民が時代にあったたたかい方を生み出すことによって初めて自己解放運動を前進させていくことができる。このたたかい方を党が階級指導を通して実現していくことが今日、極めて重要である。

真の交通形態を確立していくには、「明確な目的意識性」をもって活動していかなければならない。とくに路線の諸任務を持ち場ごとでバラバラに行うのではなく、あくまでも全体の路線―「総路線」に結び付いて、この体系によって労働者階級の変革を実現するという観点からの活動が重要である。

さらに「溶け合う能力」を形成し、労働者階級人民の現実の表れに接近し、ここに食い込んでいく活動が重要である。この意味するところは党としての党性を解体させて迎合していくことではなく、具体的な労働者の運動の表れに対して真剣に研究し解明し、党として結び付く具体的形態をあみ出していくということだ。時代に合わない古いスタイルに固執したり、万年一日のごとく同じことをくり返すだけでは真の交通形態はできないし、路線の前進もない。時代と条件に見合った労働者の組織化の仕方―組織戦術を必死につかみとっていくという姿勢が大切だ。創意と工夫が必要だ。

また次のことも重要である。長期にわたって粘り強く党活動・組織活動を実現していくという姿勢である。路線実現のための党派活動家の粘り強い活動、一貫した活動によって運動―階級は蓄積されるし目的も達成できる。ある意味ではこの粘り強い持続する活動がない限り、党は路線など実現できないのである。訓練、蓄積、持続性、一貫性これは路線を実現するためのとりわけ重要な要素である。

献身、自己犠牲、共産主義的意識性を自覚的に形成し、労働者階級との交通形態を確立するために常に創意工夫し形態をあみ出し、粘り強い活動によって総路線の前進をはかり、もって労働者階級の大胆な変革をかち取ること、われわれ統一委員会派はボルシェビキの党派に成長しなければならない。

●二章   われわれブントの「当面する革命路線」―いわゆる政治組織路線について

日本における当面する革命はプロレタリア社会主義革命であること、またその推進主体は労働者階級を中心にし、これと結合する他の被抑圧階級階層・人民であり、ソビエト―コミューンの団結様式をもったかたちで実現されること、このような労働者権力の実態をもつこと。また帝国主義国家としての中央集権的権力を武装蜂起によって打倒・破壊する革命であることをわれわれは確認してきた。さらに情勢および階級情勢に関しては一九九〇年を前後するソ連スターリン主義圏の崩壊を重大な要因にして戦後世界体制は崩壊し、その後の世界を秩序付けるためのアメリカ帝国主義による侵略反革命戦争と経済的グローバル化の攻撃が激化し全世界が一層危機的様相を深めていること、労働者階級と被抑圧民族人民への階級抑圧は一段と激化していることが明示された。さらに、しかし革命の主体の側から言えば、スターリン主義体制の独裁体制の自己暴露とその崩壊、および先進国の労働者階級の生活様式の変化など、これらに対応する真の労働者党・革命党の不在を要因にして、共産主義運動は急激に後退の局面を迎えた。革命運動・共産主義運動の観点から見れば、これに代わって中東諸国・アジア諸国ではイスラム主義が反体制の運動をとらえはじめ、また先進国では反体制運動にあって環境保護などを掲げるオルタナティブという小市民の運動が急速に拡大していく事態が進行していった。実際日本においては、八九年の総評解散と連合の結成、これに続く社会党の解散・分解と民主党への合流という事態が進行し、労働者階級解放の基盤、左翼の基盤は大きく後退していったことなどが確認された。

しかし九〇年代末から二〇〇〇年代初頭の情勢はこれとは違う事態の一段の深刻化と主体の側の新たな流動化、共産主義勢力の復活となって現れている。

情勢―階級情勢は急激に進展している。〇〇年代初頭の情勢は米帝におけるバブル経済の破綻とこの危機からの脱出のための植民地侵略戦争―石油利権の確保―激化とグローバリズムによる労働者からの搾取の強化―米にあっては金融資本による収奪の強化による世界支配の再確立の策動の激化として推移している。また日帝は米帝の戦争とグローバリズムの戦略に揺さぶられつつ、自らもこれに真似て軍事力の強化―戦争体制の構築と労働者階級からの一段の搾取の強化によって生き延びようとしている。ヨーロッパ帝国主義はEU統合と単一通貨ユーロ導入によって米帝の世界戦略に防衛的に対抗している。一方で中国が「世界の工場」としての位置を拡大させ、独自の国家として台頭してきている。日本においては、社会党・共産党―総評を前提とし、これを左から批判し突き上げ潮流的拡大をはかる左翼反対派的なたたかい方がいきづまり、革命的労働者党による独自の体系を持ったたたかい・運動の構築が不可欠となった。また戦争政策の激化と労働者に対するリストラ攻撃の激化は一段と進んでおり、労働者階級と全被抑圧人民が立ち上がる基本構造を確立していくべき情勢が進行している。

世界にあっては、中心国米帝の侵略反革命戦争とグローバリズムが一段と激化しており、これに対決すべき全世界の労働者人民の運動が発展している。米帝のイラク植民地化の侵略戦争に対決する全世界労働者人民の数千万規模での決起、あるいはWTO―サミット反対のたたかいの高揚である。全世界の労働者人民は急速に反戦闘争・反グローバリズムの運動をいま拡大させつつあり、共産主義潮流の新たなる復興と拡大、労働者人民への影響力の拡大が求められている。

▼1〈新しい共産主義運動を作り出していく任務〉

路線の第一は新たな共産主義運動を二一世紀初頭という危機の現代世界なかで創造し発展させていくことである。この課題は、労働者階級の解放運動にとって極めて緊急の課題である。

日本革命を目指す第一の当面する任務は、新たな共産主義運動を全世界の労働者人民の運動に連帯し建設していくことである。共産主義運動とはプロレタリアの自己解放運動に他ならない。また現代世界では一切の被抑圧民族・被抑圧人民の自己解放運動を意味している。労働者階級の解放、被抑圧人民の解放は根本的には共産主義運動・共産主義革命によってしか達成することはできない。労働者階級とすべての被抑圧人民を階級主体・革命主体とした共産主義運動を革命的労働者党は二一世紀の初頭、帝国主義国の日本において確固として創造していかなければならないのである。

緊急性をもって要請されているのはなぜなのか。それはまず、一として国際共産主義運動を支配したスターリン主義が基本的に崩壊したという事態の中で多くの労働者人民が共産主義・社会主義の下から離反し、いわゆる左翼・労働組合・権力闘争の地盤が大きく後退する局面に追い込まれているということであり、ここからの反撃・転換ということが共産主義運動にいま決定的に求められているというところからくる。破産したスターリン主義の残骸を乗り越えて新しい共産主義運動を作り上げることによって、労働者階級の解放の展望を指し示していくことができる。マルクス―第一インターの歴史的継承とレーニン―第三インターの歴史的継承を明確にしつつ、しかしここにとどまらない二一世紀の労働者階級の解放闘争の基本的内容(思想・綱領)・基本的運動・基本的方向を生み出していくことである。重要なことは社会民主主義やスターリン主義は崩壊し、もはや労働者階級にとって解放の指導理論とはなっていないが、しかしこれに代わる解放の理論が打ち立てられていないことにある。

二つには、日本において七〇年安保―沖縄闘争以降、一方で日共スターリン主義が他方で黒田革マルなどの宗派が労働者運動を支配する構造が、二一世紀、急速に崩れだし、新しい労働者階級人民の運動を形成するべき情勢が生み出されていることである。日共は議会主義路線を一層進めて労働者運動に制動を強めるとともに、綱領的には「ルールのある資本主義づくり」に転換してきた。黒田をはじめとする宗派はたたかう党派や運動を暴力的にテロルで攻撃し階級闘争の荒廃をもたらしている。日本にあっては社会民主主義はその基盤を失って無力になっているが、しかしスターリン主義の組織・日本共産党は理論的に完全に破産しているにもかかわらず、依然として一定の階級的基盤をもっている。またスターリン主義にもたれかかりながら、この反対派として自己を形成してきた、いわゆる革命的共産主義者同盟はその初期に分裂したとはいえ、黒田理論を拠り所とする革マルを典型にして、依然として運動の宗派的支配を強めている。われわれ再建されるブントは、社会民主主義はもとよりスターリン主義とたたかう共産主義運動を目指すことは当然として、日本においては社民・日共の統制から外れる労働者人民・市民諸階層を宗派的に支配しようとする黒田革共同型支配に抵抗する共産主義運動をとりわけ目指さなければならない。そのような情勢が現に成熟しているということだ。

そして国際スターリン主義の崩壊、日共スターリン主義と宗派集団の行き詰まり状況下、中間主義者たちが「第三の道」を掲げる小ブルジョア的・右翼的傾向を強めマルクス主義―共産主義から遠ざかっており、転向を公然と掲げる日向のような集団が生み出されるまでになっている。いま、このような危機的な現実を打破して、共産主義を再建していくことは重要なのである。多くの中間諸潮流はマルクス主義―共産主義を「生産力の低い古い時代にのみあった遅れた思想であり、生産力主義でしかない」と主張し、なし崩し的に共産主義の立場を清算し、自らの立場をこれに代えて「小市民の自由」なるものに移行させている。結局は資本主義の発展に飲み込まれてる。第四インターの一派である「かけはし」や共労党の系譜の「グローカル」は「帝国の小市民的自由」「帝国の小市民の生活の充実」を旗印にして「テロリズム反対―戦争反対」を党派性にして帝国運動の排外主義に再編されてきている。ブント系諸派にあっても、抑圧された労働者階級人民の解放の観点を後景化した「市民社会の充実の時代の到来」とか「社会運動の意義」なるものが一人歩き的に主張され、「社会革命の先行の時代」の運動がうんぬんされている。このような傾向では帝国主義打倒や資本主義の廃止は永遠の彼方である。労働者階級への生活破壊と戦争動員、被抑圧人民への差別の深まりというすさまじい抑圧の現実を無視して「市民社会の成熟」一般を語ることは誤りなのである。われわれは、まずブントを再建し、すべての共産主義者に、またブント系諸派・諸グループの人々に基準を与え、これを統合し、もって党と運動の前進をはからなければならない。

そして三つには、現在、全世界では反グローバリズムの運動の高揚に加えて、米帝のイラク侵略反革命戦争に対する反対運動が新たな高揚を迎えているが、この反戦闘争・反グローバリズム運動・労働運動を基盤にして新しいインター・新しい共産主義運動を生み出していくことである。これがブントの任務である。確かに共産主義勢力がこの運動の主導権を握っているものではないとしても、九〇年代に比べれば明らかに、共産主義の潮流は復活しているのである。ANSWERの中核組織・「労働者の世界党」や「フランスの第四インター」などが活動を強めている。また「毛沢東系の組織」もフィリピンを始め、アルゼンチン、インド、ネパールで、またヨーロッパで労働者農民の解放運動を拡大させている。国際主義を語る場合、われわれはとくに日本帝国主義足下の労働者党として韓国の労働者党や、フィリピンの党と結び付いて、共産主義の発展を目指す必要があるだろう。東アジアの結合を何よりもまず重視すべきである。またネグリなどの新マルクス主義を批判的に検討していく必要もあるだろう。

われわれブントの共産主義の創造とは、今日の労働者階級の解放、被抑圧民族人民の解放を取り巻く理論・思想を批判し、真の革命的な理論・思想を新しく創造していくものである。あくまでもそれは革命的労働者党としての綱領―路線―組織の内容の深化に結び付くべきものであり、これらの内容が現実的に労働者階級の運動に根差していることが肝要である。われわれブントの思想・理論の創造は、組織的実践においてこの内容が現実に総括されるということにおいて初めて深化される。

▼2〈階級的労働運動を建設していく任務〉

再建されるべきブントの第二の革命路線は、日本帝国主義・総資本に対決し労働者階級の現実の利益を守るべき「たたかう労働運動」を実際に作りだしていくことである。この点は労働者階級に関わる帝国主義と独占資本の攻撃の激しさ、また体制の延命の要に位置しているという意味において極めて重要な領域をなしている。また現代の革命が労働者階級を主体と基礎にした革命に他ならないという革命的労働者党の綱領的立場を明確にするという意味においても重要なのである。加えてわがブントが過去において現実の労働者階級の革命性に真に依拠することができず、いたずらに「闘争課題」に振り回されていったということを根本的に反省するとき、この現実の労働者階級に依拠した労働運動(労働組合運動)を戦闘的な中身において、われわれブントが作り出していくことは極めて重要な事柄なのである。

階級的労働運動が路線の基軸のひとつとなるところの理由は、現実の帝国主義と独占資本が生き延びるために戦後体制を変えるかたちで労働者支配を全面的に激化させてきていることによる。労働者が生活・生存していくためには、この日帝・資本との労働運動を媒介としたたたかいは労働者にとって死活的な意味をもっている。労働運動―労働組合運動を抜きにして現実的な利益を防衛していくことは一切できない。このような階級情勢を迎えているのである。日帝・資本はグローバル化の時代にあって戦後的な発展構造を失い、一方で資本の海外投資(とくに東・東南アジア地域)によって、他方で国内における旧来の雇用形態を全面的に転換させた労働者からの搾取・収奪の強化によって生き延びようとしている。国内では二重構造といわれる圧倒的な数の中小零細企業の労働者に賃金カットとリストラ、倒産―失業の攻撃が容赦なく降り下ろされている。また民間大企業でも合理化―雇用形態の改悪化がすすんでおり、また公的部門でも民営化・リストラ攻撃が強まっている。資本は戦後的な労働者の保護的なシステムを根こそぎ解体し生き延びようとしている。

このような階級情勢にあって、労働者階級がこれに反発し反撃し自らの団結を作り上げることは労働者階級および被抑圧階層の未来にとって極めて重大な意味をもっている。労働者階級がリストラ―賃下げに無抵抗のまま屈服していくのであるならば、それは労働者の団結の解体を意味し、労働者はバラバラに個人に解体されたまま不可避に対立と分断・競争の世界へと投げ出され、終局的には国家・資本の防衛、戦争と排外主義に飲み込まれてしまうのは必然なのである。労働者階級のかかる事態は他の被抑圧階層の運動を弱め解体することにも連動していくのである。

現在、組織労働者は一部に全労協系・全労連系があるとはいえ基本的に連合に組織されている。いうまでもなく基幹産業・基幹部門の労働者は圧倒的な部分が連合に組織され、また中小零細の労働者は圧倒的多数が未組織であり、一部を連合とは別の独立組合が組織している。全国一般(全国協)もこの中にある。連合は政府・資本の現在の攻撃を労働者の団結で跳ね返すのではなく、あらかじめ敗北を前提に制度・政策の要求なるものを弱々しく掲げるのみで完全に屈服している。しかも現在の資本の攻勢にあっては、全く後退に次ぐ後退の結果しかもたらしていない。日本の階級闘争の後退と敗北主義の蔓延はこの連合指導部の腐敗にこそあるといって過言でない。

ブントは労働者党として、なによりもまず民間―中小の反連合独立組合運動の存在に踏まえ、ここを根拠にして全国労働組合運動の前進を実現し、もって労働運動の本格的発展を目指さなければならない。また連合内の戦闘的・左翼的部分の反対派活動を発展させて、帝国主義イデオロギーで染め抜かれた労働貴族を解体していかなければならない。また革命的労働者党は、連合が七百万人を割りますます空洞化を深める中、また圧倒的多数の労働者が組合もない状態へ投げ出されるなか、旧来の民同反対派的活動に甘んじるのではなく、自らが労働者のまずもっての基本的な団結形態である労働組合に労働者を組織する活動を展開することが重要であり、労働者党はとりわけ労働者の団結の一歩を作り出す能力、すなわち労働組合を作り出す能力を獲得しなければならない。

この階級的労働運動、たたかう労働運動を路線の基軸として実現していくことは、単に階級情勢の緊急性やまた綱領的立場からくる必然性のみではない。わがブントにとっては過去の革命運動の展開のあり方の限界を乗り越えていくという意味で主体的に極めて重要である。全体的な路線の反省はここでは省くとして、わがブントが掲げていた「階級的労働運動論」の内容的反省と乗り越えを実現していくことである。第二次ブントは関西を中心に全電通・全逓などの公労協、自治労、日教組の内部で左派活動家の結集の場としての労研・社研方式を採用しており、ここを端緒に各産別の青年部内での勢力を拡大し、地評青年部の主流を獲得した。そしてこの労働運動を背景に工場地帯の民間中小の労働争議に結合し影響力を拡大するという経過をとったものであった。またここにおける労働運動の展開は一方で全学連の政治闘争による情勢の流動化に結合し反戦闘争を職場に持ち込み、他方では民同の経済闘争における当局との妥協を左から突き上げる構造を持っていた。しかしブントの労働運動のポイントはあくまで全学連が作り出す実力的な反戦デモに結合していく点にあり、これを重要な左派の結集環にしていたのである。もちろんこのような全学連の政治的突出とこれに結合し反戦青年委員会を拡大させていくという階級形成の在り方は、有効性を持っており正当なものであった。しかし今日的にとらえ返すならば、そこには職場において民同と対決する内容において当時公労協や民間で吹き荒れていた産業合理化―機械化をテコにした―に抵抗する労働者の団結・組合的団結の内実に接近していく諸内容においてはほとんど無関心であったといわなければならない。そのことも大きな理由として政治闘争が機動隊の強化―政治警察の弾圧強化(長期投獄)によって壁に突き当たるや全学連の一層の軍団化とともに反戦青年委員会の軍団化が方針化され、結局職場活動家は軍団員として現場から離れることになり、ブントは労働運動の基盤を喪失させていくことになった。もちろん軍団化一般が間違っていたわけではない。問題は情勢的に転換が訪れたとき、これに見合って労働運動の再度の一からの粘り強いたたかいがブントとして開始されなかったことなのであり、これは労働運動の路線実現ということから見れば、階級形成の一環としての経済闘争―反合理化闘争の内容的軽視からくるブント的必然であったということだ。われわれは「階級的労働運動」の過去のかかる限界を突破して長期の目標をもったたたかう労働運動を粘り強く、強力に作り出していかなければならない。

ブント労働運動の指導の教訓はもちろん、現代革命の主要な担い手としての現実の労働者階級の確定という綱領的な反省抜きにはありえない。新しい自覚化された綱領的立場からにじみ出るものとしての、労働運動の路線的貫徹の重要性を再度確認しておこう。この間われわれは関西地方・九州地方で地域合同労組を形成し、多くの零細・中小の労働者を組合的に組織化することに成功している。そしてこの労組は地域の労働運動はもちろんイラク反戦や社会的課題に対する運動をも担い、文字通りの地域の社会的・階級的拠点となって活動している。また民間中小労働運動の全国潮流の強化を一個の主体的労組政策として掲げつつ、より多くの労組連合を連合に対抗するものとして発展させていかなければならない。この間の全国委員会と戦旗派による階級的労働運動建設の教訓は、民間中小未組織で合同労組形態で労働者を組織化していくことは十分に可能であることを示している。また連合支配を打ち破る労働運動潮流建設は可能であることを示している。戦闘的な全社会的な拠点となる労組を建設していこう。一地方委員会に一拠点労組を確実に作り、階級的労働運動を前進させていこう。

▼3〈全人民的政治闘争―反戦闘争を実現していく任務〉

その第三は帝国主義の戦争攻撃に反対し反戦闘争を組織し発展させていく任務である。二一世紀の初頭の情勢は明らかに九〇年代以前とは異なる戦争の形態をとるものとなっている。しかし帝国主義の世界が戦争を弱めるものとはなっていない。むしろそれはより激化した形で展開されていく必然性をもっていると分析できる。今回の米帝によるイラクに対する侵略反革命戦争は、帝国主義が「対テロ」戦争を掲げて第三世界の主権国家を帝国主義の利権のために平気で踏みにじっていくことを示した。戦後の体制からは大きく変化したのである。中心国アメリカはネオコン一派の支配の下にこの侵略反革命政策をより発展させていくであろう。この戦争によって世界の再編が進行していくことになるのだ。まさに「対テロ」戦争は第三世界の民族人民を帝国主義の利益のために虐殺していくものであり、労働者階級はこの戦争に真っ向から反対してたたかっていく任務をもつ。米帝によってくり広げられる対イラク戦争は、直接的な石油資源の獲得の意味をもったものであるが、これのみではない。軍需産業に膨大な利益をもたらし、また戦争による行き詰まった経済のカンフル的回復を目的にしたものである。米帝は二一世紀初頭、中・ロはもちろん独・仏EU帝国主義との対抗をともなう、新たな世界編成に踏み出した。日帝やその他の諸国との関係の再編を、戦争を重大な手段にして開始し始めたのである。もちろん直接には米帝の世界秩序形成にたてつく政権を転覆させるという目的をもってである。また日帝は今回小泉が選択したように米帝の戦争政策・侵略政策を全面的に支持し、これによって侵略できる国家作りを強引に進めている。日帝の戦争加担・戦争政策に反対するたたかいが同時に求められている。

この反戦闘争は労働者階級人民と帝国主義とのたたかいの重要な領域であり、同時に労働者階級の階級形成を決定づける重要な中身をもつ。反戦闘争は全人民的政治闘争として、労働者が職場や地域・産別の直接の利害の延長の枠を越えて、国家そのものを批判し対決する政治的な団結を形成していく重要な回路をもつものである。もちろん労働組合的・労働運動的枠組みにおける反戦の決起が労働者党にとって重要な指導の方向となるが、そこに至る不断の政治闘争の形成が追求されねばならない。今回のイラク戦争反対の反戦闘争は多くの労働者・市民・学生・諸階層を担い手として、膨大な人民の数をもって展開されている。この運動それ自身の広範な形成、運動の高揚は重要であることはもんちろんである。しかしこの運動の内部で語られる反戦闘争の内実が同時に革命党にとって重要なのである。二十労組の呼びかけによる「有事立法反対」の潮流、あるい連合内総評系の「平和フォーラム」呼びかけの運動、あるいはこの間のワールド・ピース・ナウという市民運動家を中心にした反戦運動が高揚している。しかし革命的労働者党はこれらの諸運動の「反戦争」という広範な運動の形成という意義を踏まえつつ、しかしこの運動が「帝国の平和運動」―小市民の特権を守る運動に終始していくことを警戒し、あくまでも侵略される被抑圧民族の抵抗闘争に連帯する活動を実現していく任務がある。全世界の労働者階級の国際主義的連帯の運動へとたたかいを発展させていくことを目指さなければならない。この点で次項でふれるAWC運動の推進がもつ意義もきわめて大きい。国連主導の「平和」を掲げる日共スターリン主義者や、反戦運動の高揚にただ対抗するためだけに「平和」を対抗的に言い出した連合内の旧民同グループ、あるいは新左翼の枠組みにありながら「反テロ」を踏み絵にする第四インタ―の一部「かけはし」などの潮流の腐敗を乗り越えて活動しなければならない。しっかりと共同行動の意義を踏まえつつ、われわれ革命的労働者党は粘り強く活動しなければならない。「共和国」に対する排外主義運動によって労働者階級の団結と運動を解体しようとする帝国主義、民間反革命、社会排外主義、小ブル中間主義に抗して、あくまでも祖国敗北主義の立場を貫く運動を前進させていかなければならないのである。旧全国委派・旧戦旗派の両派が参加した反戦闘争実は排外主義に抗する潮流であり、諸団体(五派共闘)の信頼を一層形成し、この信頼を今後大切に発展させていかなければならない。

われわれは政治課題一般の取り組みというレベルにとどまることなくその内実をあくまでプロレタリア国際主義に基づく在り方において貫徹すること、階級の形成を目指すことを党派性として突きだしていくべきである。また重要なことは、この政治闘争を担う革命党派の組織的体制を作り上げていくことである。政治路線を組織路線に結合させることである。この組織建設路線の基本的な構えは政治闘争を生み出していく主体的構造として地区党体制を確立し、また反帝全国学生運動を再建していくことである。党の活動を労働組合内部の活動にのみ切り縮めるならば、政治闘争を目的意識的内容において推進していくことはできない。党は労組的現状・労働運動的現実に決定づけられてしまうのである。帝国主義とのたたかい、革命的な反戦闘争は、ある意味では党派の独自の政治的活動において初めて実現できる。レーニンのように地区党―地区青年サークル・地区労働者サークルを建設して、党派の宣伝・扇動の体系を構築していかなければならない。またこの地区政治サークルは、その地域における諸政治勢力・諸潮流と戦争と平和を巡る問題において不断に共闘の関係を形成していくものである。少なくとも反戦運動の一翼に入り活動するものである。かかる構造を実現していくことによって政治闘争の革命的な展開の根拠も形成されるのだ。また学生運動の強化・発展は情勢の焦眉の課題である。もちろん過去のブントのように学生運動主導の階級形成という在り方では根本的に歪んでいるし、また歴史的にも、もはや同じものとして事態が現れることはないであろう。しかし依然として学生運動が層として形成され、この運動が政治的課題の取り組みにおいて先駆的な役割を果たすことは十分想定されるし、労働者階級の現状を踏まえるときこの学生の広範な運動・決起は極めて重要な位置をもつのである。再建されるべきブントは地区党―地区サークルの建設とともにこの学生運動の本格的再建を組織路線として確定していかなければならない。

▼4〈アジア人民との共同行動の発展を目指す任務〉

われわれの当面する路線の第四の柱はアジア人民との反帝国主義の共同行動を発展させ、アジア的規模で帝国主義国の労働者、第三世界の民族人民の国際主義にもとづく共同の活動を強化していくことである。一方で帝国主義と資本による国境を越えた活動が進み、国境の壁は以前とは比べものにならないほど容易に越えられるようになっている。グローバリズムの進行、交通形態の発展、資本主義の発展はこの事態を不可避に進展させていくのである。しかしこの過程は平和的に進むわけではない。戦争と恐慌の危機を伴って進行するのであって、労働者階級・被抑圧人民にはすさまじい抑圧となって跳ね返ってくる。この過程では侵略戦争を正当化する排外主義が国民統治の最大の手段となって現れてくる。このような帝国主義の延命、労働者階級の団結の解体と巻き込まれ、これを阻止するものとして日本の労働者階級と東アジア・東南アジアの人民とできるかぎりの共同行動を作り上げ、交流し学び合い共通に確認点を作り上げていくことは極めて重要である。侵略反革命戦争に屈服した日本労働者階級の歴史的責任において、アジア人民との真の連帯を作り出す活動を実現しよう。これはブントの国際主義の立場を積極的に発展させていくものであり、革共同のような立場主義、あるいは日共のような形式主義では排外主義を打ち破っていくことは不可能である。固い共同行動の実現とその蓄積・地平の内にのみ二一世紀の共産主義運動はあると言って過言でない。

同時にわれわれは、アジア共同行動(AWC)を日本における革命運動・階級闘争の内部に強く、ヘゲモニーとして歴史的蓄積として刻印していく任務がある。支援や交流という側面に終始するのではなく、あくまで帝国主義本国における階級関係を変革するような、また労働者階級の階級形成を決定付けるようなものとしてこのAWC運動を作り出していくべきだ。そこにおいてはまず何よりも、われわれ再建ブントが中核となり芽となって、全国各地、わが組織があるところすべてにおいてこのAWC運動を生み出さなければならない。日共はもちろん宗派革共同や「かけはし」など右派中間派の腐敗を越えて、われわれは全国各地・地域で国際主義の党派性を直接的に物質化するものとしてこの運動を組織しよう。また根本的にはわれわれが目指す拠点労組を基盤とし、AWC運動を形成しここに地区の統一戦線を形成していくことである。この不断の努力が必要だ。またそれ以前的段階にあっては、全国各地で組織が政治サークルの課題としてこのAWC運動に取り組み、直接的に全人民を組織化し、ブントのヘゲモニーを形成していくべきである。

ところでこの路線の内実において、われわれは現在の国際的状況からいって何よりも東アジアにおける広範な労働者人民の直接的な交流という階級的基盤を持った上での国際活動という点を重視すべきであるだろう。AWCは一つの国際組織として、アジア諸国・地域の労働者人民との共同行動を組織し、その共同行動は多くの地平を作り出してきた。この帝国主義と従属国の労働者人民の国際主義的交流の在り方・団結の在り方をつかみとって、次ヘのステップにしていくことが重要であると思われる。また、アメリカ、ヨーロッパの反戦派党派集団との交流や、パレスチナ・中東の人民・党派集団との交流、さらに全世界で生き残る毛沢東派との交流は大事である。韓国―フィリピンに連帯活動の拠点を建設し、粘り強くアジア共同行動づくりに取り組まなければならない。わが同盟はこの四つの柱を路線の中心に据えて全力でたたかう。

▼5〈被抑圧人民の解放運動の永続的発展、反帝国主義の拠点防衛の任務〉

日本革命を目指す集団として第五には被抑圧民族人民の解放闘争の永続的発展と反帝の階級拠点を防衛し、もって日本革命の体系と内容を堅持し活動していかなければならない。この課題を路線として確認し実現していくものである。

まず帝国主義国・日本において、労働者階級とは区別されて帝国主義によって差別され、抑圧されている部落民、障害者、女性や沖縄人民、在日などの被抑圧人民・被差別大衆の解放運動を永続的に推進していくことである。革命的労働者党は資本主義・帝国主義の支配下にあって、戦争と排外主義、差別と抑圧、人民分断によって一層抑圧を強いられるこれらの被抑圧人民の解放のためにたたかっていく義務がある。部落民への差別抑圧の強化、障害者への隔離・抹殺の攻撃、沖縄への差別軍事支配、在日への排外主義と抑圧など、二一世紀の危機は不可避にこれら人民への支配を強化する情勢にある。被抑圧階層として独自に立ち上がる人たちに連帯し、被抑圧人民の解放―帝国主義打倒のために運動を発展させていかなくてはならない。またこのために革命党としての指導の機関を粘り強く作り出していかなければならない。

さらに反帝闘争の一環としての階級的拠点・全人民的政治闘争という性格をもち権力への抵抗の拠点・前線と位置付けられる三里塚、沖縄のたたかいを防衛し、永続化していくことである。沖縄人民は戦後、日帝が生き延びるために米帝に売り渡された。また「復帰」後においても米帝の軍事基地は依然として沖縄の地を蹂躙している。また日帝―自衛隊も強化されている。日米安保同盟の要に沖縄が位置しているのである。米軍基地の撤去に向けた沖縄人民のたたかいは階級決戦的性格をもって戦後永続的にくり広げられてきた。統一ブントはこの沖縄闘争を反帝の拠点として位置付けたたかいぬく。また三里塚闘争の戦線としての防衛は重要な意味をもっている。六六年の閣議決定以来、日帝―政府公団は侵略反革命の拠点―軍事空港として三里塚空港建設を強行し、そのために地元の農民を虫けらのように踏みにじってきた。三里塚闘争は、六〇年代・七〇年代においては明らかに安保―沖縄闘争と並ぶ最大の階級決戦の場であり、新左翼は数万人規模で国家権力機動隊とたたかってきたのである。そして八三年に反対同盟は分裂したが、その後も八〇年代・九〇年代と三里塚闘争は永続的にたたかわれてきている。政府の姿勢は昨年の暫定滑走路の使用開始に見られるように農民たたき出しにあり、この攻撃は一貫しているのである。再建されるブントはこれまでの現闘活動の地平を踏まえ、反対同盟北原派のたたかう農民を支え、三里塚闘争の勝利をめざす。

●三章   政治組織路線の重点―とりわけ組織路線の三つの重点について

政治路線の確認とそれにともなう若干の組織路線の確認に踏まえ、この当面する路線の中で組織路線の最も重要な点について明確化しておく必要があるだろう。すなわち政治路線を一般的に語って、労働者党の活動を帝国主義・資本との攻防にのみ流し込んだり、また政治・組織路線を一般的な体系としてとらえ、めりはりのないいわゆる総花的な陣形づくりの活動に終始してしまうならば、そこには路線を物質化し、かつ党的組織を打ち鍛え拡大させるところの組織戦術は生みだされることはない。組織戦術が欠如した場合、政治内容の深化・緻密化が党活動の前進であるかのごとく錯覚されてしまい、ますます政治内容が一人歩きしてしまう。これでは党的な意味で真の路線の物質化はない。主体的―組織的に活動を設定することにおいて初めて路線は力を持つ。また組織的な総括ができる。組織的な獲得目標を持って活動し、革命党・労働者党として活動を総括し次につなげていくことが重要だ。

▼組織路線の三つの重点と諸課題

▼1〈合同労組を建設する活動家集団の全国各地における大量の形成〉

組織路線の重点の第一は何よりも、地域合同労組を組織できる革命党派としての活動家の集団を作り上げていくことである。この任務を達成し成果を出し、階級的労働運動の前進をかち取っていくことである。いうまでもなく一次ブント・二次ブントにおいては革命的労働者党として労働組合を建設し、かつ指導していく基本的観点を十分に確立していなかった。「労働者の自然発生性―労働組合」「党の目的意識性―活動家集団」と言う左翼主義的理解が横行していた。またこの点を突破するべき歴史的役割を問われていた分派闘争後の全国委員会派、および戦旗派の両派の活動においてもこの労組活動家集団の核心的建設という点に関して十分に成功してきたとは言い難いのである。もちろん綱領上の途上的制約があったとしても路線的にも徹底的に踏み込めないできている。再建ブントは過去のブントのブランキズム的・左翼共産主義的傾向を克服して、労働組合を一から作り上げる意志と能力を持った革命家・活動家を作り上げるという組織目標をもって出発しなければならない。党員が労働組合を労働組合として維持拡大していく能力、生きた現実の労働者と向き合いオルグし組合に結集させる経験と訓練を積み重ねること、これを通じて革命党と労働者の真の交通形態を確立していくことである。いかに労組を巡る政治情勢や政治方針を確認しようとも、日常的な労働組合活動・労組作りに成功する力を創造しえないならば話にならないのである。このことを肝に銘じておかなければならない。もちろん労働組合活動は賃上げを巡るたたかいのみではない。リストラ―解雇攻撃、労働条件の改悪に対するたたかいであり、また反戦闘争・社会的運動に対する組合としての取り組みが求められている。党はこの部分を積極的に意識化していく活動が必要であり、その中身が党派性でもある。また反合闘争に対する労組的団結の中身の創造が不可欠である。これらのことは言うまでもないだろう。

過去のブントの一切の小ブルジョア的傾向と決別し、ブントの革命的労働者党への転換、労働者的体質への転換を進めなければならない。党組織の過半にわたるカードルをこの戦線に配置し鍛えていかなければならない。そして活動を労働者党として総括できる水準を獲得していかなければならない。またこのために党の指導部の重要な部分に労働運動指導機関―指導部を建設し強化していく必要がある。何よりも中央の労働運動対策部をしっかりと作り出す必要がある。また同時に各地方委員会にもこの労対部を建設することが不可欠である。さらに労対の党内における発言力を高めていかなければならない。

もちろん革命的労働者党の労働組合の組織化、労働組合内での活動は組合の組合としての活動に限定されるものではない。労働者の「現在の利益」を主として追求する組合組織と「未来の利益」を追求する活動家の運動は二重性において展開されていく。党派は組合運動の中にあってもこのマルクスの「階級形成論」の精神を貫いて活動するのである。経済的要求と反合理化闘争、政治的要求と反戦闘争はこの連関の中に位置付けられる。

また組合建設・組合活動は情勢によってもその活動形態は異なる。現在の大不況下にあっては民間・中小―未組織では多くの労働者が低賃金と無権利状態にたたき込まれている。労働組合的団結の強化によって労働者階級の政府と資本に対する反撃の確実な第一歩が開始される。この間の教訓は、民間中小の全国運動を一層拡大していくことの重要性を示している。連合支配を打ち破る民間・中小労働運動の一大潮流を作り出していかなければならない。またわが労働者党の活動いかんによっては、組合の拡大とこれを根拠にして政治的に前進するというリアルな可能性はある。そして民間大手・官公では腐敗した連合幹部が支配しており、この支配に抗して左翼反対派の活動が求められているし、独自労組についても検討していくべき段階にある。

▼2〈全国学生運動を再建していくブントの学生活動家集団の構築〉

第二の組織路線・組織建設・組織作りの重点は、反帝国主義の全国学生運動を建設する任務を達成するための学生組織の集団・活動家を一定の規模において確保し作り出していくことである。そのためには現在の制限された党的力量にあって相当の部分をこの学生戦線の構築のために投入するべきであり、この決断が必要である。わがブントは社青同協会派や日共スターリン主義とは異なり、全国学生運動―全学連運動を基盤にして形成されてきたのである。他の新左翼諸派もほとんど同様である。ある意味では学生の急進性・先駆性・正義感などに依拠して「プロレタリア革命」や「共産主義」を主張し、また実践的にも帝国主義権力との実力的・武装的たたかいに決起し、情勢を切り開いてきたといっても過言でない。しかし八〇年代後半以降、学生存在の急激な変化、また教育体制・学園管理体制の質的変化と、主体的には宗派による腐敗した学園支配―テロ・暴力による運動の破壊によって、学生運動は急激に後退・衰退していった。これに連動して、新左翼諸派の戦闘性・急進性・意識性は後退していった。このことは一面の真理である。

確かに旧来の戦後学生運動、全学連運動、五〇年代、六〇〜七〇年代型の運動は今後においては困難であるだろう。しかし学生の意識性や積極性、あるいは生活と権利・よりよい学園生活を求める要求は依然として存在する。革命党派があくまで意識的な路線を堅持し、学生運動の再建を目指すのであるならば運動の再建は可能なのである。学生と向き合いオルグし、自治会運動・サークル運動・クラス活動などを一から作り上げ、学生運動の再建に結び付けなければならない。そのために各大学に党のカードルを配置し、ブントの学生活動家集団を確実に建設していく。学生大衆と結び付く組織戦術を確立していくとともに、不可避に起こる宗派の暴力・テロ支配にあくまで抵抗する活動が必要であり、そのための組織的中核部隊の建設が必要である。また多くのノンセクト集団・諸派との共同行動を実現し、統一戦線を作り上げることも重要であるだろう。

客観的に言って新左翼諸派のうち学生運動をもっている革マル派および中核派が党派維持しており、学生運動から切れたその他の諸派、例えば右派系の四トロ、連帯社やブント系はほとんど党派としての力を失っている。これはたんに組織が大きいから学生戦線が維持されていると見るべきではなく、学生戦線があるから党派が維持されていると見るべきなのである。再建ブントは、必ず宗派の支配を突き崩す反帝反戦学生運動を全国に構築しなければならない。少なくとも全国十大学を最低ラインとした組織の支部をまず建設しよう。ここから反帝闘争・政治闘争の発展、党派カードルの輩出を可能とすることができる。また学生層の運動の全国展開を強めていくために革命党・労働者党の内部に学生組織を指導する全国学対部を置き、権限を与え指導能力を形成していくこと、この確認が必要である。

▼3〈全人民的政治闘争を担う主体的陣形としての地区党―地区政治サークルの確立〉

組織路線の重点の第三は、あくまでレーニン・ボルシェビキ党型の地区党―地区サークル建設を権力闘争・政治闘争の推進のために準備し建設していくことである。労働組合運動はもとより学生運動においてさえ、帝国主義国家が進める戦争政策・戦争体制づくりに目的意識的に積極的に対決していくことは困難性を伴う。たとえ革命的労働者党がその運動を指導していたとしても組合や自治会にはそれ自身の団結内容があり、労働者党はこの団結の強化の観点から「現実的な、そしてまた未来的な利益」を実現していかなければならないのである。したがって地域の労働者人民に反戦を訴え独自の行動を組織化したり、諸潮流と共闘して反戦闘争を実現したりしていくにはこれらの大衆団体とは別の、党派の内容を実現する団体としての地区政治サークルが是非とも必要なのである。この地区政治サークルは党の総路線をもって労働者・市民住民、あるいは青年などによって構成される。二次ブントにあっては地区反戦であり、また地区共青である。もちろんこの団体は一般に固定化されたものではなく課題も政治情勢に対応したものとして作られる。現在の両派の実践の地平から言えば、基本的にはAWCを課題にする政治サークル建設ということになる。またこの団体は組織員からのみ構成されるわけではないが、右翼ファシスト・排外主義潮流とたたかい全人民に対する宣伝と扇動を開始する。また地区において政治的統一戦線を意識的に作り上げる。

過去第二次ブントにあっては地区党のもとに地区反戦(反戦青年委員会)が存在し、政治闘争はこの地区反戦を実態的基礎にして展開された。そして階級情勢が煮詰まる中で地区反戦の地区軍団への転化の方針が出され(九回大会)、反戦は政治サークルというよりも武装勢力となっていったのである。もちろんこの反戦青年委員会とは社会党が総評内部で日共に対抗するための動員組織として作られたものであり、実際上ベトナム反戦への青年労働者の決起を促していった。この反戦は、本来は職場・生産点、とくに官公労の労組内部の青年部にあったものである。ここにわがブントを初めとする新左翼諸グループが集まり組合内左翼反対派を形成していった。また政治闘争の発展を背景に党派はこの職場―組合の枠からはずれた産別内労働者や地区の青年労働者を地区反戦として集めていった(ブントの場合とくにこの傾向が強かった)。問題はこの地区党―地区反戦の組織路線が一般的に間違っていたのではなく、地区―産別にわたる労働組合指導―労組作りが別個に独自に追求されていかなかったことにある。この結果、いままであった職場生産点における労働組合活動としての党活動は否定され、政治サークル運動に一面化されていった。このことが問題なのである。

われわれ再建ブントはこの地区反戦を継続するものとして地区政治サークルを建設し、政治闘争を全人民的に生み出していくことを路線的に確定していくべきである。また地区党建設について述べるならば、地区党は当該地区の全組織を党の総路線にもとづいて指導するものであり、この意味で地区の労組(合同労組)を指導するものであるが、この労組指導は中央や地方の労対によって内容上指導される。これに比して地区政治サークルは地区党が直接の全体指導を任される。党の総路線の積極的牽引役として地区党―地区政治サークルの主体的・組織的構造をわれわれは作り出していかなければならないのである。

現在われわれはAWCの地区サークルを建設し、反戦闘争とともにアジア人民連帯の政治的勢力・ヘゲモニーの建設を意識的に推進し、党派性のある地区党―地区サークルのスタイルを作り出していかなければならない。地区党と労組の関係について確認するならば、地区党は地区の労組を指導するのであって、もちろんたんに労組内の党員―組織員を掌握するのみではない。それゆえ、労組運動の指導の力も形成していかなければならない。その場合でもトータルな労働運動・労働組合運動の指導の内容に関しては、労対部が蓄積していくことが重要である。

われわれは以上の三点を「当面する路線」の核心点、最大の獲得目標に据えるのであるが、しかしこれらの諸点は現実の組織政策において実践的にはそれぞれ対立する。とくにカードルの組織配置を考えるときこの困難に直面する。しかしこの三点はトータルに実現していかなければならないものであって、どの点から出発するかという形で問題を立てるわけにはいかない。全体的な階級形成の観点からこの主体的―組織的構造を粘り強く作り上げていく以外ない。もちろん実践上のめりはりはあり、全国的・地方的・産別的・階層的事情に踏まえるものであるのは確かである。傾斜方式として学生から労組へ、また学生から地区へという組織作りの構造が太い柱になることは間違いない。

◆〈帝国主義と意識的にたたかう革命党の体系の堅持・建設〉

この点に踏まえて、しかし「たたかう党」「革命的労働者党」としてあくまでも追求し守り、切り開いていくべき重要な諸点がある。それは反帝国主義の目的意識的活動を「党派の意識性」において実現するべき組織政策である。

その第一はブントの行動隊建設である。現在、帝国主義打倒の反戦・反帝の政治闘争、あるいは帝国主義に対決する三里塚、沖縄、反基地闘争など、党派が意識的にたたかっていくべき政治課題が多くある。労働者階級の解放闘争にとって反戦のたたかいは重要な位置を占める。全人民的政治闘争―反戦闘争、現地闘争―実力闘争を党派として展開していくために、われわれブントはブントの行動隊を建設していく。当面は学生戦線から部隊建設を行いつつ、将来的には全地区から青年労働者を募ってこの行動隊建設に充てていく必要があるだろう。重要なことは政治闘争―現地闘争を積極的に計画的に実現していくことであり、この取り組みは系列の延長には単純に設定できないのである。たたかう革命党としての自覚に踏まえるとき、この行動隊路線の意味も理解できる。また時として権力の党派・運動の破壊攻撃に対する反撃や、また宗派によるテロ攻撃に対する反撃の重要な部隊ともなる。

その第二は反帝国主義の一拠点としての三里塚闘争を守り抜いていくために三里塚の現闘団を堅持し、農民との連帯行動を実現していくことである。歴史的に蓄積された農民との信頼と共闘の関係を堅持しつつ、侵略反革命の拠点である三里塚空港を粉砕していくことである。重要なことは一般的にいって反帝の拠点・階級闘争の拠点に対しては、たんに政治的課題としてしか関わらないというのでは限界がある。党派の独自の関わりが必要であるということだ。現在は三里塚であるが今後の階級情勢によっては他の場所も考慮されるのである。

第三はアジアにおける労働者人民の共同行動を成功させていくために、全国委の現地活動の歴史的な地平を継承して、アジア地域に現地派遣団を建設していくために不断に努力していくことだ。この現地派遣団の建設は、明らかに過去のアジア人民への連帯のレベルを越える可能性を日本の革命運動に与えるものである。政治課題を掲げるのみ、立場を確認するのみ、または儀礼的な交流のみでは国際連帯、インターナショナルを作り出すことはできない。さらに日本の「在日」「滞日」者との共闘は重要であり、これをしっかりと位置づけつつ、同時に国境を越えたアジア諸国人民との直接の共闘を実現することの意義は大きいのである。問題はその国、その現地に党派の部隊を送り維持して、その国の革命党・労働者党さらには革命運動・社会運動に結び付き、党派として主体的な分析の力を形成していくことである。これにより強固な国境を越える東アジアの人民の連帯行動を生み出していくことができる。実際、現地のメンバーが英語、朝鮮語、タガログ語を駆使して革命勢力・社会勢力と交流し、まず一歩を踏み出していく。国境を越えた組織の維持には多くの党的負担が要請される。しかしできることからまずやることである。党中央を構成する国際部の下にアジア地域に活動家を送り訓練すること、恒常的な連絡ルートを確保すること、また信頼と団結を作ること、この作業は革命党の意識性によってのみ可能である。

第四に、権力弾圧との闘争である。階級情勢は明らかに革命党・労働者党の破壊はいうにおよばず、たたかう労働組合、諸大衆組織・階級組織の破壊をめざした日帝・国家権力の弾圧が吹き荒れるところにまできている。破防法・組対法、共謀罪などを駆使する権力の治安弾圧に反撃し、組織と運動の前進をはかるという目的意識的活動が重要である。この意識的な反弾圧の活動は、路線の重要部分を構成する。

●四章 統合を通した日本における実践的な革命的労働者党建設の当面する基本政策

路線―政策として最後に確認しなければならないのは、両派の統合を名実ともに単一の組織とし、また帝国主義とたたかい諸党派と競い、綱領―路線を実現していくための「たたかう党」の体制を早急に作り出していくことである。その場合あくまでわれわれは組織思想においてマルクス革命的労働者党論に踏まえつつ、実践的にはボルシェビキ党の建設に学び組織を建設する。この基本姿勢はブントの「規約」を実現していくことでもある。この中でとくに一般的な「ボルシェビキ型党の原則の実現」の観点と「当面する路線の実現」の観点から次の諸政策がとくに要請されている。

その一は、まず統一した同盟の指導部を早急に建設することだ。政治局を中心に中央事務所の諸機関を党中央部として建設し、これによって全同盟を単一に指導していくことである。いうまでもなくレーニンの組織作りはたんに機能や機構を問題にしたものではなく、あくまで実態的な組織作り・人作りとしてあった。われわれもまたこの党中央部の建設を人作り・指導者作りの観点から推進していかなければならない。またこれと連関し「単一の意志」に基づく組織の建設、人民への訴えの観点から統一した機関紙を発行していかなければならず、それは単一の編集局の建設として対象化される。また中央諸機関にあっても中央部の一部として建設されることが重要である。

その二は、同盟の地域・地方拠点として当面「三つの地方(首都)委員会」を設定し、ここに同盟の基本的実態・基盤を作り出していくことである。これは両派の現在的な組織的実態を継続するものであるとともに、同時に統一ブントとして「新路線」のもとに労組から地域政治までを規定する階級構造の実現を目指す、拠点型運動を確立していく重要系列である。あくまでこれらの地方でスターリン主義潮流・中間右派潮流・宗派系列に打ち勝つ主流派的な運動構造を作りだし、われわれブントの党派性を内外に示していくことである。当然そのための複数による委員会の建設と指導能力の確立に成功していかなければならない。もちろん首都圏―関西―西日本以外の場所にあっても、あくまで同盟組織の建設の可能性を追求していくことは必要である。

その三は、労働運動対策部と学生対策部を同盟の基軸指導機関として形成し、ここから同盟組織の建設を進める。すなわち労働者・学生の二戦線を同盟の階級・階層の実態的基礎として重視し、この内部に組織を建設していくことである。もちろん労働者と学生はその比重が全く異なるものであり、あくまで労働者に最大の基礎を置くものであるが、路線推進の観点からは学生戦線の建設も重視しなければならない。労対部については労働運動―組合運動の指導内容を作り上げ同盟を動かしていくものであるが、これは時には全国労働運動の建設の観点から組織をも直接掌握することをも含むものである。すくなくとも中小労働運動に対する単一の指導もしくは対応の方針、また官公労内の活動内容を確立するレベルのものでなくてはならない。

また学対については全国単一の学生組織を建設し、産別運動を強化していくことが大切だ。党中央部―三地方拠点―労学運動、この三つを主体的に統一し組織の直接の前進をかち取ることが統一ブントの死活的課題である。ここでもしわれわれがすりつぶれるならば、全く未来は暗いものになる。何としてもこの領域で前進せねばならない。

その四は、粘り強く着実に被抑圧人民の解放員会を建設していくことである。同盟全体の前進に踏まえ、この力を背景に粘り強い連帯の活動に取り組み、信頼と団結の新たな地平を作り出していくことが重要だ。この活動を基盤にしてこれらの戦線で同盟の解放委員会―指導部を作り出していこう。

その五は、党の基本組織を強化し、専従活動家の集団を建設していくことである。強大な党を建設していくためには、党の中央指導部の建設とともに、専従活動家―職業革命家の集団を形成していくことが不可欠である。全党は職革党建設に責任をもたねばならない。

 

 

 

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