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■5月 沖縄 反革命的統合43年糾弾!現地闘争闘い抜く ■5・17 辺野古新基地建設阻止大会に三万五千余の大決起 五月十七日、「戦後七十年 止めよう辺野古新基地建設!沖縄県民大会~建白書の理念を実現させよう~」が、那覇市内セルラースタジアム那覇で開催された。2・22辺野古ゲート前大集会、3・21瀬嵩浜大集会、4・28「屈辱の日」大集会に続く、今年前半最大の歴史的な大行動・総決起となった。例年の梅雨入りもなく真夏日となったセルラー球場には、用意された内野スタンドと内野席はもとより、演壇の後ろ側になる予定外の外野席まで満杯となる三万五千人が総結集、暑さ以上の熱気が球場内外を包み込んだ。 沖縄労共闘・統一委員会行動隊は、この5・17大会参加者と固く結合・連帯し、大情宣行動を展開し、万余のビラで「辺野古決戦勝利」「戦争法案阻止」「日帝・安倍政権打倒」への総決起を訴えた。 まだまだ会場入りをめざす長蛇の人波が続く中、大会は定刻の午後一時に開会した。司会は、普天間基地滑走路直下の小学校・中学校で過ごし「私の生まれる前から辺野古新基地反対運動が始まっていた」という普天間高校一年生だ。彼女の若々しくも凛とした進行の下、最初に「辺野古新基地NO」「屈しない」のメッセージボードが参加者一斉にかかげられた。唱和する声は地響きのように世界に向けて発信された。 大会はまず、主催者を代表して共同代表からの決意表明が次々となされた。「基地は沖縄経済発展の最大の阻害要因だ。将来に禍根を残さないように行動を起こそう」(平良朝敬「島ぐるみ会議」共同代表・かりゆしホテルグループ代表)、「辺野古基金は十五日現在で二億一千百万円に達した。われわれの闘いは燎原の火の如く全国に広がっている」(呉屋守将「辺野古基金」共同代表・金秀建設グループ代表)、「安倍政権が一番恐れているのは民衆の団結だ。今大会をスタートに憲法改悪や新基地を阻止しよう」(大城紀夫「連合沖縄」会長)、「七十年前の沖縄戦では陸軍野戦病院で看護に従事した。軍事基地は戦争につながるだけではなく、人権侵害の最たるものであることは沖縄戦で得た教訓だ」(中山きく元白梅学徒隊・「白梅同窓会」会長)、そして共同代表発言の最後に稲嶺進名護市長が立った。稲嶺名護市長は「市長としての権限、手法・手段をもって翁長知事と共同歩調で必ず辺野古を止める」と不退転の決意を表明した。体調不良で参加できなかった沖縄初の芥川賞作家で大会共同代表の大城立裕氏からはメッセージが紹介された。 つづいて現地から二人が立った。「世界一危険な普天間基地を閉鎖せよという県民の要求を無視してきたのは歴代政権だ。官房長官・菅は常々『日本は法治国家だ』と居直るが、普天間基地問題を放置してきた『放置国家』『放置主義』を断じて許さない」(安次富浩ヘリ基地反対協代表)、「目の前の大浦湾の破壊を許さない。安倍暴走政権を許さず沖縄から真の民主主義を教えていこう」(松田藤子二見以北十区の会会長)と熱烈な現地からの決意があらわされた。 大会はさらに各界からの訴えがつづく。「沖縄の未来を担う県民としてがんばる」(沖縄国際大学生・古堅智美さん)、「自己決定権を確立し、民主主義を強化しよう」(佐藤優・作家・辺野古基金共同代表)、「アドルフ・ヒットラーと並ぶ安倍アドルフ独裁政権と対決しよう。生半可ではできない。辺野古基金百億円、ゲート前百万人集会をめざそう」(鳥越俊太郎・ジャーナリスト・辺野古基金共同代表)。また海外からは映画監督のオリバー・ストーン氏から連帯メッセージが寄せられた。 各登壇者の発言のたびに拍手や指笛、掛け声が球場一杯に響きわたったが、翁長雄志知事が登壇するや会場は大声援に包まれ、参加者の熱気は最高潮に達した。昨年十一月選挙勝利以来、初の「県民大会」登場である。翁長知事は「政府は普天間基地の危険性除去が原点だというが、そもそも普天間基地が戦後米軍に強制接取されたことが原点だ。沖縄は自ら基地を提供したことは一度もない」「自ら土地を奪っておいて『普天間基地が老朽化したから』『世界一危険だから』『辺野古が唯一の解決策』『嫌なら沖縄が代替案を出せ』というのは、日本の政治の堕落だ」と安倍政権を徹底糾弾した。そして「辺野古新基地建設を阻止することが普天間基地問題を唯一解決する方法だ』と断言した。翁長知事の安倍政権への徹底した対決姿勢に参加者は総立ちになり闘う決意を共有した。 翁長知事の不動の決意の余韻が冷めやまぬ中、「日米両政府は県民の民意に従い、普天間基地の閉鎖・撤去、辺野古新基地建設・県内移設断念」をもとめる大会決議が採択され、辺野古現地闘争への総結集を訴えた行動提起がなされ、再びボードを掲げた意思表示と参加者同士が手をつなぎ合ってのガンバロー三唱を行い、この歴史的な5・17大会を閉じた。 辺野古決戦は新たな段階へと突入した。「県」警・海保・国道事務所など国家権力一体となった暴力的な弾圧を粉砕し、辺野古新基地建設絶対阻止・戦争国家へ突進する安倍政権を打倒する闘いへ、沖縄―「本土」を貫く安保粉砕・沖縄解放闘争の大爆発をかちとろう。 ■5月15日 国際通り 〝「5・15復帰」43年を問う国際通り道ジュネー〟を展開 五月十五日夕刻、那覇の国際通りにある牧志公園にて、「五・一五を問う沖縄行動実行委員会」が呼びかけた「『五・一五復帰』四十三年を問う国際通り道ジュネー」が取り組まれた。 右翼の街宣車の妨害を断固跳ね除け、集会が勝ち取られた。 発言者からは、沖縄の苦悩の元凶は昭和天皇にあることや、安倍政権の戦争政策と真正面から対決するものとして沖縄の反基地運動があること、基地の島沖縄の永久化を許さず平和な沖縄を作ることが大人の役割であることなどが訴えられた。自衛隊が使いたいからこそ、日本政府は辺野古の新基地建設を強行しているとの指摘もあった。 体調不良で欠席されたまよなかしんやさんからは「島ぐるみの闘いを前進させ、基地もない沖縄をウマンチュの力で実現しよう!」とのメッセージも寄せられた。 集会を終え、国際通りのデモだ。観光客や買い物客で賑わう通りで、基地のない沖縄を求める声が響き渡った。 ■5月16日 沖韓民衆連帯が集会 韓国から軍事基地を撤退させるために闘うと表明 五月十六日十八時から、AWC沖縄派遣団は、沖韓民衆連帯主催の「海を越え平和の手をつなごう」集会に参加した。会場は沖縄県立博物館・美術館であった。 集会では、『辺野古のたたかい』と『悲しみの済州』という二本のドキュメントが上映された。 『辺野古のたたかい』は、辺野古新基地建設の強行と闘う辺野古現地のドキュメント。中心は、海上保安庁の無法な暴力と対峙し闘いぬくカヌー隊、抗議船団の闘争であった。 数と力に物を言わせ、カヌーを転覆させる場面や、拘束の際の無法な暴行の様子が鮮明に映っていた。あらためて海上保安庁への怒りがわいてくるドキュメントであった。 上映の後は、実際にカヌー隊として海上行動を担い、海上保安庁の暴力を体験した女性から報告があった。海上保安庁の暴力を弾劾しつつも、海保の隊員と現場で交流した経験を語っていた。 『悲しみの済州』には、地元住民・労働者民衆の激しい反対運動にもかかわらず、建設が強行されているチェジュ島カンジョン村の現在が描かれていた。 海軍基地は、八割ほど完成しているとのことだった。闘いを担った村人、支援運動家の苦しみや悲しみ、それでも継続されている抗議行動…。海軍基地建設は、カンジョン村の希少な環境・動植物を殺し、地元住民の間に深い亀裂を持ち込み地域社会を破壊した。 上映後は、実際に激しい反対闘争を闘ったカンジョン村副会長の男性が登壇し報告を行なった。 失意の中にあっても、民衆連帯の重要性を語り、今後は韓国・日本から軍事基地を撤退させるために闘う決意を表明した。 二本のドキュメントが上映された後、沖縄国際大学教員の佐藤学さんの「東アジア民衆連帯の可能性」と題された講演が行なわれた。 講演の最後に沖韓民衆連帯の方から、「平和の海、島々から世界へ」というタイトルで、今年九月十九日~二十二日に開催される「国際キャンプ沖縄」への参加が呼びかけられた。学習と交流、連帯を通じて「東アジアの島々、海に平和の希望の光が増していく」ことが呼びかけられた。 ■5月15日 東京・新宿 辺野古新基地建設を止めよう-力強くアピールしデモ 沖縄反革命的統合四十三ヵ年を迎えた五月十五日夜、東京の新宿駅周辺でのデモ行進が沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの主催でかちとられた。 デモに先立ち、同関東ブロックの大仲尊共同代表が、冒頭、「(当時琉球政府の行政主席であった)屋良朝苗が一九七一年に沖縄の意思を伝えようと建議書を持って羽田空港を降り立った十一月十七日、国会で沖縄返還協定は強行採決された」ことに触れ、「復帰」の内容が沖縄の望んだものではなく、また、今も日本政府の姿勢は何も変わっていないことを明らかにした。さらに「在日米軍基地の74%の基地を押し付け続けて、なおかつ、宮古・石垣・与那国へ自衛隊の増強をおこなおうとしている。離島も含めて沖縄をすべて軍事要塞化するという、新たな動きになっている」と指摘し、「沖縄基地問題として沖縄にすべての矛盾を封じ込めてきた。ヤマトにおいても安倍政権が沖縄の民意を押し潰してきている問題を自らのものとしてとらえ、たたかってもらいたい。そのことがある意味では辺野古のたたかいを大きく押し広げ、辺野古新基地を止め、今の安倍政権に対する痛打になる」と訴えた。 「本土」在住の沖縄人も発言に立った。「『日本憲法の下で私たちも平和な暮らしができる』という意識で『復帰』を迎えました」「沖縄は現実に安保を前にして何十年も闘っています。その闘いかがあってこそ、憲法九条もある意味踏ん張ってこれた現実があるのかな」と。またもう一人の沖縄人は、「日本政府の沖縄県民を踏みにじる植民地のような沖縄の扱いに対して怒りをもって糾弾いたします。日本人一人一人がおかしいと声をあげていただくとともに、立ちあがって辺野古の基地建設を止めていこうではありませんか」と力強く訴えた。 また、辺野古現地に支援を派遣してきた二団体から発言があった。その一つの辺野古リレーは「生の声、沖縄の民意を伝えていかなければ」「沖縄のようにしなやかにしたたかに」と辺野古現地のたたかいに参加してきたことを教訓に、5・24国会包囲ヒューマンチェーンの成功させるために街頭アピールを連続して取り組んでいることを明らかにした。また辺野古実は海保の暴力を追及してきたことを報告し、五月二十日の抗議行動への参加をを呼びかけた。 デモには多くの通行人が注目し、最後にはデモ参加者は二百名近くに膨れ上がった。 |
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