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   今年の中学校教科書採択が問いかけるもの

   「愛国心」強制の新学習指導要領

              





 今年の中学校教科書採択が終わり、ほぼすべての地域で結果が判明した。今年の採択には〇六年十二月に安倍政権によって改悪された〇六年教育基本法に基づいて、〇八年八月に文科省が改訂告示した新学習指導要領(指導要領)に準拠して編集されたはじめての教科書が登場した。〇六年教育基本法は、国家のための教育を基本理念とし、教育の目標として、「道徳心・愛国心・奉仕の精神・公共の精神・伝統文化」など二十もの「徳目」を子どもに押しつけようとしている。文科省は、指導要領改訂と同時に検定制度を改悪し、教科に関係なく、道徳や愛国心などをすべての教科書に盛り込むことを強制した。
 さらに、文部科学省が中学校学習指導要領の解説書において、独島(竹島)、釣魚島(尖閣)など領土問題について積極的に扱えと指導した結果、今年の教科書では各社とも地理や公民で「竹島」「尖閣諸島」などを「我が国固有の領土」「一方的に韓国が占拠」という偏狭な領土ナショナリズムを煽る記述が目立った。また日本軍慰安婦の記述はすべてから消え去り、南京虐殺や強制連行の記述も後退するなど、全体的には右傾化が進んだ。

  ●1 「つくる会」系教科書をめぐる動き

「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」と略す)は〇五年の採択結果の総括を巡り分裂し、藤岡信勝らが「つくる会」を名乗り、一方分裂した八木秀次らは日本教育再生機構=教科書改善の会を立ち上げ、今回の検定にはそれぞれ自由社と育鵬社から歴史、公民教科書を検定に「合格」させた。彼らの教科書は、まともな採択では選ばれないことから、文科省とつるんで「教育委員会の権限」を持ち出して、現場の教師などによる選定・推薦を無視して、教育委員による「お好み」採択で決めるやり方と、首長や議会などの強引な政治介で自分たちの教科書を採択させるということを繰り返してきた。
 昨年秋頃から全国の各地方議会で、日本会議・自民党などが提出した「教育基本法・学習指導要領の目標を達成するため最も適した教科書採択を求める請願」が可決されてきたが、今年の三月議会ではこの決議をあげる議会は更に増えた。「つくる会」系は〇九年の採択で「成功」した横浜の例を全国に拡大させることを目指して、「学校や教員の意見の排除」「順位付けの排除」「教育委員の無記名投票による採択」「首長への支援要請」「議会への請願(陳情)」を方針化した。
 横浜で成功した彼らのやり方は、彼らの教科書や運動に共鳴する右派の首長を選んで働きかけ、その首長が任命した教育委員の過半数を獲得し、調査員からの報告や順位付けは無視して、教育委員の無記名投票によって自分たちの教科書を採択させるというものである。その際、首長や教育委員、議員の中に、彼らの教科書を支持する動きがあればそれを見逃さずそれらの人々と結びつき、水面下で採択獲得をめざすのである。今年の採択で、この方式で「成功」した事例は多い。

  ●2 今年の教科書採択結果を振り返る

(育鵬社を採択したところ)
・育鵬社の歴史と公民両方とも採択したのは、栃木県大田原市、東京都大田区、同武蔵村山市、神奈川県横浜市、同藤沢市、広島県呉市、愛媛県今治市、同四国中央市、同上島町の九地区。
・育鵬社歴史のみを採択したのは、島根県益田地区(益田市・津和野町・吉賀町)、山口県岩国地区(岩国市・和木町)。
・育鵬社公民のみを採択したのは、東大阪市、広島県尾道市。
・公立中で歴史と公民を採択したのは埼玉県伊奈中学校(中高一貫校)、東京都立中高一貫校(十校)、愛媛県立中高一貫校(三校)と特別支援学校。
・歴史のみの採択は、都立特別支援学校、神奈川県立平塚中等教育学校、香川県立高松北中学校。
・私立学校は国学院大栃木中など十一校、ほとんどが歴史、公民両方採択。
 これまで扶桑社や自由社を採択していたのは、大田原市・横浜市・今治市・上島町と東京都・愛媛県の中高一貫校・特別支援学校で、その他は今回あらたに増えたところである。
(自由社を採択したところ)
・公立中学では東京都教育委員会が都立特別支援学校に自由社公民を採択したのみ。
・私立では、熊本県の真和中・鎮西中(同系列の学校)で自由社歴史を採択。ほか四校で自由社版歴史、公民のいずれかが採択されているが詳細は不明。
 以上の結果から言えることは、「つくる会」系では育鵬社が一人勝ちし、前身の扶桑社版と採択率を比較すればほぼ十倍の伸びである。自由社は完敗。経営の維持ができるかも疑問である。その最大の理由は、東京書籍の年表の盗用問題である。藤岡は盗用の事実を認めて謝罪したが、このスキャンダル発表は大きく信用を失墜させた。
(「つくる会」系教科書採択の特徴)
 今回あらたに育鵬社版を採択した東京都大田区の場合、教育委員の中に「つくる会」の元副会長とつながりのある人物が配置され、水面下で周到に準備されてきている。武蔵村山市では、かつて国立市教委で日の丸掲揚問題が起きたとき学校指導課長として教員を処分した経歴を持つ人物が教育長に就任して、「つくる会」系採択をリードしている。また神奈川県藤沢市では松下政経塾出身の市長が同じ松下政経塾出身者などを教育委員に選び、横浜方式で市民の反対を遮り育鵬社を採択している。
広島県尾道市はまさに「寝耳に水」と言われているが、教育長から市長となった現市長が教科書改善の会の八木秀次と同郷であり、選定委の報告には挙がっていなかった育鵬社公民が政治的介入により採択されている。水面下での工作が行われたのである。
 横浜方式以外に全体的な保守化を背景に採択したところもでている。栃木県大田原市は採択委員会が全会一致で育鵬社を推薦している。また東京都教育委員会では教科書の「調査研究資料」「採択資料」の中に日本の伝統文化や領土問題、拉致事件の取り扱いなど「つくる会」系に有利な項目ばかりを並べ、「つくる会」系が高得点をとるようなシステムが出来ている。広島県因島市では、調査研究資料の中で「つくる会」系二社の歴史・公民が高得点を得ていることが根拠とされており、調査員そして教育委員などの質が相当右傾化してきていることが伺える。この背景には、日本社会全体の右傾化がある。
(「つくる会」系を不採択にした地域)
 〇五年、〇九年に扶桑社版が採択された杉並区は、今回「つくる会」系教科書の採択が阻止された。松下政経塾出身の山田宏区長に代わって田中良区長が誕生し「教育には介入しない」という姿勢を打ち出したことにより、採択審議のやり方が大きく変わった。これまで粘り強く闘ってきた保護者・市民・教員・研究者などのがんばりで、「つくる会」系の採択を阻止することが出来た。また栃木県下野市では、選定委員会が育鵬社版歴史を答申していたが、教育委員会の議論で育鵬社の不採択を決めている。

  ●3 沖縄・八重山の闘い

 八月二十三日、教科用図書八重山採択地区協議会(石垣市・竹富町・与那国町)は二〇一二年「育鵬社」発行の教科書を選択した。採択地区協議会長である石垣市教育長は、これまでの現場教員による調査員の順位付けを廃止し、選定を非公開で無記名投票にするなどの手続変更を行った。八月二十六日、石垣市と与那国町教委は公民教科書として育鵬社版を採択、一方竹富町教委は東京書籍版を採択した。地区内で異なる教科書を採択した状態を受け、県教委の援助のもとで九月八日には三市町の教育委員十三人全員が協議し、多数決で育鵬社版を不採択、東京書籍版を採択した。しかし石垣・与那国教育長は協議無効を訴え上京。これに対して中川正春文部科学大臣は九月十三日に「協議は整っていない」と発言。しかし、自民党文教族に恫喝されて、この発言を撤回するなど混迷を深めている。
 この背景には、先島地域への自衛隊配備の問題があり、配備を推進する石垣市長や与那国町長に任命された教育長たちが、藤岡信勝や自民党の義家弘介議員の指南を受け、「つくる会」系教科書採択へ強引な動きをしたことがあげられる。これに対して沖縄全土から、全国から抗議が殺到し、育鵬社採択へ引き戻そうとする文科省への怒りは強まっている。数日中に上京要請行動も予定されている。9・29県民大会を引き継ぐ沖縄民衆の教科書を巡る闘いに全国から注目し、竹富町教委への激励や文科省への抗議に取り組もう。

  ●4 教科書をめぐる闘いは続く

 日本会議の組織率が全国一位の熊本県では、日本会議や自民党の圧力で、山本隆生教育長が県立中学三校で「副教材」として育鵬社公民を使用すると発表した。県議会の議席の九割を占める自民党へのパフォーマンスで、地方教育行政法や熊本県の教育法規に違反する強引な政治介入であるとして、教科書ネットくまもとなどは住民監査請求を準備している。
 このように、自民党が議会対策などで教科書採択へ「本気で」取り組み始めたことなど、教育への政治の介入があちこちで露骨になりつつある。とりわけ大阪の橋下知事による「ハシズム」と呼ばれるクーデターは許されるものではない。首長が代われば、教育方針・政策が全く変わるという事態は異常である。
今後育鵬社など「つくる会」系教科書の採択を阻止するためには、①「つくる会」系が横浜方式として働きかけてきた「調査報告書の無視」「教育委員による無記名投票」「密室審議」「情報非公開」などの採択方法をやめさせることが大切。②採択に関する情報公開で、調査資料や議事録、採択資料などを取り寄せ、自分の居住地区の採択の実情を分析し、次回へ向けた対策を立てること。などが考えられる。



 

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