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   トラック労働者に人間らしい労働を

  国交省「トラック産業の将来ビジョンに関する中間整理」批判



 ●転換点にあるトラック産業

 国土交通省は二〇一〇年七月「トラック産業の将来ビジョンに関する中間整理」を発表した。
 「中間整理」は、「トラック産業の将来ビジョンに関する検討会」(二〇一〇年三月二日、四月十九日、五月十九日、七月七日)を経て発表された。
 「我が国のトラック産業の有する可能性をもとに、将来に向けて目標とすべきトラック運送事業者のあるべき姿を提示するとともに、規制緩和後の変化を検証し、公平・公正な競争環境を実現していくために克服すべき課題を整理する……」(「中間報告」より)とうたわれた「検討会の役割」はその実、危機的状況にあるトラック産業の現状が放置できないまでに至っていることの表明である。「中間整理」で提起されているいくつもの課題について、今年の夏をめどに最終取りまとめが予定されている。
 戦後、自動車物流は、道路網の整備と共に急成長を遂げ、海運・鉄道輸送に取って代わって物流の中心になってきた。「地場」(近距離圏内)と「路線」(長距離)の組合せで柔軟に社会ニーズに対応できる自動車物流は、産業と消費の動脈と静脈の役割を担う基幹産業へと発展してきた。
 しかし、規制緩和以降、自動車物流はその重要な役割にも関わらず、製造・流通の下に従属させられコストカットの対象として下へ向かっての競争を迫られ続け危機的状況に陥っている。それはとりもなおさず、規制緩和以降、あらゆる面での労働条件の劣化によって人間らしい労働を奪われてきたトラック労働者の深刻な現実に最も集中的に結果している。
 今進められようとしている「トラック産業の将来ビジョン」は経済のグローバル化に対応した物流の再編に沿って、自動車貨物輸送を大きく転換させようとしている。トラック産業の今後に重大な影響を及ぼすものである。
 このような転換点において、労働運動の側から意見を反映させようと、今年一月には、全日本建設運輸連帯労働組合近畿地区トラック支部と全日本港湾労働組合関西地方大阪支部、神戸支部の三労組で作るトラック政策懇談会が運業事業者、近畿運輸局自動車交通部とともに「トラック産業の将来を考える懇談会」を開いている。
 規制緩和政策によってもたらされたトラック産業の危機的状況、とりわけトラック労働者の過酷な労働実態を変えていくために、転換点にあるトラック産業の課題を検討したい。

 ●トラック物流規制緩和の経過

 一九九〇年物流二法(「貨物自動車運送事業法」「貨物運送取扱事業法」の二法)の施行によりトラック運送は「免許制」から「許可制」へと規制緩和された。これが今日のトラック労働者の過酷な労働実態の直接原因の大きな一つである。
 一九五一年施行の「道路運送法」は、トラック運送業だけでなく、バスやタクシーなど運送業全般を対象としたものであった。その中から、旅客部分と貨物輸送部分を切り離し、貨物輸送部分を対象に新たに法制化したものが物流二法である。
 「貨物自動車運送事業法」によって、それまで需給調整による「免許事業」であったものが、規制緩和され、一定の条件を満たせば参入が許可される「許可事業」になり、運輸大臣による基準運賃の認可という公共料金なみの運賃設定であったものが、各運送業者の「届出制」となった。また、路線トラック(混載)と区域トラック(専属)の事業区分がなくなり一本化され、全てのトラックで混載(複数の荷主の荷物を積み合わせすること)が可能となった。二〇〇一年には、車両の保有台数規制を全国一律五台に引き下げ、参入を容易にした。
 「貨物運送取扱事業法」の制定によって、それまで規制されていた「取次」(=自分は実運送をせず、他の機関を利用して輸送受託をすること)が容易になる。輸送機関別に規定されていた取扱事業を一本化し複合輸送に対応しやすい環境を整えた。物流二法はさらに二〇〇三年に改正され、営業区域の制限がなくなり、運賃の事前届出制が事後届出制に変わる。また「貨物運送取扱事業法」は取次が対象でなくなり、自由営業になり、海運取次まで含めて事業許可が届出制になり法律の名称も「貨物利用運送事業法」となる。
 こうした劇的な規制緩和によって、トラック運送事業者数が劇的に増加し、自由競争の時代に入る。

 ●輸送の安全と労働者の権利を切り捨てる規制緩和

 バブル崩壊後、貨物総量の減少があり、二〇〇八年のリーマンショック以降の金融恐慌も続いて輸送量は現在も減少しているが、トラック運送・事業者は毎年千~二千社のペースで新規参入が続いている。その大半は零細な事業者である。規模別で見ると保有トラック十台未満の事業者が56・5%、五十台未満では94・3%(全日本トラック協会二〇〇八年)と圧倒的に中小零細の事業者が占めている。競争の激化は輸送コストの引き下げやサービスの多様化を実現し、それまで自家用トラックで輸送していたものが外部委託、下請け化され、営業トラック輸送業者に移っていった。
 他方で競争の激化によって、事業者の収入は減り続けており、廃業・倒産もあいついでいる。二〇〇八年度には、規制緩和以降初めて総事業者数が減少に転じた。
 物流専門誌の調査によると、トラックの実勢運賃相場は規制緩和後の十年間で約二割下がっているという。大手トラック運送業者は、利益性の低い実運送を中小零細の下請けに回すことで、運賃値下げの影響を回避してきた。荷主(製造メーカーなど)から輸送の仕事を請負い、下請けの運送会社に振り分けるだけで、運賃の一割ほどが手に入るような仕組みになっている。
 トラック産業は重層的な下請け構造で、極端な場合、荷主から実際に運送するトラック運転手まで五~六社の下請を経由する場合もある。それぞれの運送業者や取次業者が一割をピンハネすると、実輸送業者は荷主の支払う運賃の半分しか受け取れない。荷主との直接取引や少しでも上の階層に参入するために、極端なダンピングが行われる。末端の事業者ほど資本力の無い、規模の小さい運送業者になる。
 規制緩和による競争の激化は輸送の安全と労働者の権利を奪ってきた。その結果、過労運転に起因するトラックの重大事故が相次ぎ、過労死も増加した。このような事故が社会問題化したことを受けて、二〇〇一年に自動車運転者の労働時間等の改善のための基準が改定されて現在の基準が作られた。他にも運送事業には車両の整備や運行管理などで数々の安全確保のための法律や制度がある。また環境対策の条例や制度が設けられているが、守られていないことが多い。巡回指導で発見されただけでも、労働保険の未加入が12・9%、社会保険の未加入が25・8%、過労運転防止措置の不適切事案が14・2%、安全確保に関する指導の不適正事案が36・1%、車両の点検整備の不適切事案が30・9%(いずれも二〇〇八年、全日本トラック協会)という状況であり、法や制度は守られていない。
 五台の保有規制で参入した零細事業者がトラック五台稼動の売上げで、安全確保や車両整備、労働者の時間管理、環境規制などのコストを負担できるわけがない。(表1)に明らかなように、車両二十台以下の運送業では、ずっと赤字が続いている。リーマンショック以降は、輸送量の減少と燃料価格の高騰で倒産する企業が増加している。安全対策と労働者の賃金労働条件を切り捨てることによってしか成立しない事業にさせているのは、規制緩和による制度上の問題である。事業の継続のためには法律違反をすることが当たり前の業界になっているのだ。

 ●規制緩和―自由化と対決し、当たり前の労働を

 トラック産業の危機的状況は、第一に全体の95%以上を占める保有車両五十台未満の規模の事業者がもはや経営を継続できないところに来ているという点に現れている。
 第二に、運送業という社会活動に欠くことのできない公共性をもつ産業でありながら、安全の確保や法令順守が実現できないということである。これではとうてい社会に受け入れられない。
 第三に、労働者が生活できる賃金が保障できず、人間らしい暮らしをするための労働時間を保証できないこと。最低賃金さえ下回るほどの低賃金で、週に一度家に帰ることも困難で、トラックの中で寝泊りし、睡眠時間も確保できない長時間不規則勤務。その結果、トラック労働者のなり手が減少しており、近い将来労働力不足が決定的になると予想されていることである。
 現在検討されている「トラック産業の将来ビジョン」がこうした問題を解決するものであるかと言えば、現状ではそうならない。採算のとれない中小零細事業所の慢性赤字構造については、生産性の向上や付加価値を高めて荷主・元請・下請の役割分担と適切な関係を創出することなどがうたわれている。環境・安全に対しては技術開発とGマーク(環境や安全に関する事業所の認証)の推進。労働職不足に対しては魅力ある職場作り、がそれぞれ提起されているが、具体性・実効性のあるものとはなっていない。
 また、国内の貨物総量の減少や運賃の下落を受けて、自動車貨物輸送事業の海外進出が進められている。多国籍企業のグローバル展開に合わせて自動車物流の国際化が本格化しようとしている。
 大資本によって、海運・航空・鉄道・自動車の輸送手段の組合せと、倉庫管理(在庫管理と出荷コントロール)や製造プランや市場管理に至るまでの複合的な物流システムの構築とITを駆使した高度で緻密なサービスによる高収益が実現されている。しかしその他方で、顧客ニーズに合わせてあらゆる犠牲を引き受けるのは実運送する労働者の低賃金無権利という実態が、世界規模でさらに深められようとしている。
 トラック労働の現場から見えてくる現実は、在庫を持たない製造現場に製造スケジュールに合わせて時間通りに原材料や部品や資材を届けることであり、製品を時間通りに店舗に届けることであり、顧客のニーズに応じて二時間きざみの時間指定に間に合うように宅配することであり、……。しかしそれは、移動間の道路事情や渋滞や製造の遅れによる長時間の待機など荷主と顧客をつなぐあらゆる犠牲が実運送をするトラック労働者におしつけられているという現実でもある。過剰な便利さの提供による付加価値の増加と徹底した効率性の追及、コスト削減による利潤追求は、トラック労働者の過労と低賃金、安全の切捨ての上に成り立っている。
 トラック労働に限らず、個々の労働現場での闘いと同時に、政策に対する発言力を強める闘いが必要だ。単に規制を強化すれば解決する問題ではなく、現在の社会のありようそのものを根本から見直す視点が求められている。



 

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